著者: SportsPulse 編集部 / 更新日: 2026年8月23日 / 編集部レビュー済み
2026年8月20日、ボルシア・メンヒェングラートバッハが日本代表DF板倉滉の加入を発表しました。1年前に去った古巣への復帰です。そして8日後の8月28日(金)、ブンデスリーガ2026-27シーズンが開幕します。
板倉の復帰によって、ボルシアMGの日本人選手は4名になりました。板倉滉、町野修斗、宇野禅斗、橋岡大樹。ひとつのブンデスリーガのクラブに日本人が4人並ぶ——この光景は、49年前に一人の日本人がドイツへ渡ったところから始まっています。
本稿は、その49年を「名場面」でたどり直す記事です。奥寺康彦のケルン二冠から、香川真司のドルトムント連覇、内田篤人のシャルケでのチャンピオンズリーグ・ベスト4、長谷部誠の384試合、遠藤航のデュエル王まで。そして最後に、板倉と今季のカルテットが立っている場所を確認します。
あらかじめお断りしておくと、本稿は取材記事ではありません。公開情報と編集部レビューをもとに構成しています。取材・独自調査は行っていません。「編集部集計」と明記した数値は、出典に掲載された公表値への四則演算のみで算出しています。また、今季の成績・順位の予想は一切書いていません。
結論:この記事で押さえる6つのこと
- ブンデスリーガ2026-27の開幕は8月28日(金)です。第1節は現地8月28日〜30日、開幕カードはバイエルン vs VfBシュトゥットガルト(現地20:30=日本時間8月29日3:30)。8月21日に開幕したのはプレミアリーグとリーグ・アンで、ブンデスではありません。ここは混同が起きやすい箇所です。
- 板倉滉の契約は2030年6月30日まで、背番号は「6」。移籍金は固定350万ユーロ+ボーナス込み総額400万ユーロと独メディアが報じています。そして今回が板倉にとって「初のドイツ」ではありません。2021-22にシャルケでプレーしています。
- 日本人第1号は奥寺康彦。1977年に1.FCケルンへ渡り、初年度にリーグ優勝とDFBポカール制覇の二冠。ブンデス通算234試合26得点。日本人が「ドイツで勝つ」ことは、最初の1人がすでに証明していました。
- 香川真司の「連覇」は、2シーズンの中身がまったく違います。2010-11は前半戦17試合8得点で牽引しながら1月の骨折で優勝の瞬間はピッチ外。2011-12はリーグ31試合13得点12アシスト、勝ち点81・28試合無敗、さらにDFBポカール決勝でバイエルンに5-2(本人1ゴール1アシスト)。ドルトムントのクラブ史上初の国内2冠です。
- 内田篤人が到達したのは「CL優勝」ではなく「CLベスト4」。2010-11のシャルケで、日本人として初めてチャンピオンズリーグの準決勝の舞台に立ちました。同じシーズン、シャルケはDFBポカールを制しています(決勝5-0)。この2つは別の大会です。
- ボルシアMGの日本人は4名。板倉滉(DF)、町野修斗(FW)、宇野禅斗(MF)、橋岡大樹(DF)。宇野は「クラブ歴代6人目の日本人選手」として今夏に加入し、橋岡は買取オプション付きのレンタルです。
まず現在地:2026-27シーズンは、いつ、どう始まるのか
歴史を振り返る前に、いま起きていることを日付で押さえておきます。ここを曖昧にしたまま昔話に入ると、読み終わったときに「で、いつ始まるんだっけ」となってしまうからです。
開幕日と開幕カード
ブンデスリーガは2026年7月2日に2026-27シーズンの日程を発表しました。
ブンデスリーガが2026-27シーズンの日程を発表 第1節は8月28日から
出典(報道):ライブドアニュース「ブンデスリーガが2026-27シーズンの日程を発表 第1節は8月28日から」(2026年7月2日)/サッカーキング「日本代表多数所属のブンデス、新シーズンの日程発表! 開幕カードはバイエルンvsシュトゥットガルト、シャルケ復帰でダービーも復活」(2026年7月2日)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 第1節の日程 | 現地 2026年8月28日(金)〜8月30日(日) |
| 開幕カード | バイエルン・ミュンヘン vs VfBシュトゥットガルト |
| 会場 | アリアンツ・アレーナ(ミュンヘン) |
| キックオフ | 現地20:30 / 日本時間 8月29日(土) 3:30 |
| トピック | シャルケ04が1部復帰。これによりダービーの組み合わせも復活 |
「欧州リーグはもう始まっているのに、ブンデスだけまだなのはなぜ?」と思った方のために補足します。8月21日に開幕したのはプレミアリーグとリーグ・アンで、ブンデスリーガは1週間遅い8月28日です。ドイツはリーグ戦の前にDFBポカール(ドイツカップ)1回戦を挟むのが恒例で、2026-27の1回戦は8月21日〜24日と9月1日〜2日に分散開催されます。つまりドイツの新シーズンは「カップ戦から始まる」のです。
そのDFBポカール1回戦について、ひとつ象徴的な数字が出ています。参戦する日本人選手は過去最多の28名(サッカーキング、2026年8月20日)。49年前、その数は1でした。
①黎明期:1977年、奥寺康彦が開けた扉
すべての始まりは1977年です。当時25歳の奥寺康彦が、古河電気工業サッカー部(現・ジェフユナイテッド千葉の前身)から1.FCケルンへ移籍しました。日本人初のプロサッカー選手であり、日本人初のブンデスリーガーです。
驚くべきは、その初年度の中身です。
1977年7月、現在のジェフユナイテッド千葉の前身である古河電気工業サッカー部から、1.FCケルンへ身を移した奥寺は、同年10月にブンデスリーガデビュー。翌年4月の同リーグ第32節で初得点を記録している。そのゴールをきっかけに、第33節、第34節と3試合連続で得点をマーク。結果的に20試合で4得点を挙げ、優勝に貢献した。
出典(報道):フットボールチャンネル「もっと評価されるべき…。ブンデスリーガ優勝を経験した偉大な日本人選手5人。」(2026年4月26日)
ここで注目したいのはゴールのタイミングです。初得点が第32節。そこから第33節、第34節と3試合連続で決めている。シーズン終盤の最も重い3試合で、初ゴールを含む連続得点を記録した日本人が、1978年の時点で存在したということです。
さらに同シーズンのDFBポカールでは、ラウンド16から出場し、準々決勝で2得点。以降は主力として全試合フル出場し、ケルンはリーグ優勝とカップ制覇の二冠を達成しました。日本人第1号が、いきなり二冠のメンバーだったのです。
奥寺はその後ヘルタ・ベルリン、ヴェルダー・ブレーメンでプレーし、約9シーズンをドイツで過ごしました。ブンデスリーガ通算234試合26得点4アシスト。この234試合という数字は、後の日本人選手にとって長く「壁」であり続けます。
ドイツのファンからは「東洋のコンピューター」と呼ばれました。技巧ではなく、正確さと判断で評価された——この評され方は、後の日本人選手の受け入れられ方をかなり正確に予告していたように思えます。
比較のポイントを押さえる
記事で整理したポイントを踏まえて、比べやすい候補の一つを確認できます。
②2008-09、長谷部誠:ブンデス優勝の「31シーズンぶり」
時系列の都合で、香川より先に長谷部誠の話をします。奥寺の1977-78から、次に日本人がブンデスリーガ優勝を経験するまで、31シーズンかかったからです。
長谷部は2008年1月に浦和レッズからヴォルフスブルクへ移籍し、同年2月の第18節アルミニア・ビーレフェルト戦でブンデスデビュー。そして翌2008-09シーズン、ヴォルフスブルクはクラブ史上初のブンデスリーガ制覇を達成します。長谷部は25試合に出場し3アシストを記録しました。
長谷部の本当のすごみは、しかし優勝そのものよりも「続けたこと」にあります。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| ブンデスリーガ通算出場 | 384試合(7得点21アシスト) |
| 日本人での順位 | 1位(2位は奥寺康彦の234試合) |
| 所属クラブ | ヴォルフスブルク → ニュルンベルク(2013年9月)→ フランクフルト(2014年7月) |
| フランクフルトでの在籍 | 10シーズン |
| ドイツで獲得した主なタイトル | ブンデスリーガ優勝(2008-09)/DFBポカール優勝(2017-18)/UEFAヨーロッパリーグ優勝(2021-22) |
(出典:フットボールチャンネル前掲記事。ブンデス通算出場数については媒体により383試合と表記するものもあり、本稿は同記事の384試合を採った)
この「384試合」という数字を、少し噛み砕いてみます。ブンデスリーガは1シーズン34試合です。全試合に出続けても、384試合に届くには11シーズン以上かかります。実際には長谷部は17シーズンをドイツで過ごしました。奥寺が9シーズンで234試合、長谷部が17シーズンで384試合。日本人がドイツに「住み着く」ようになったのが、長谷部の世代からだと言い換えることもできます。
③2010-12、香川真司:ドルトムントの連覇と、2つの違うシーズン
ここが本稿の中心です。そして最も、事実が丸められて流通している場所でもあります。
「香川真司はドルトムントで連覇した」。これは正しい。ただし2010-11と2011-12は、香川にとってまったく違うシーズンでした。
2010-11:無名の23番が、ドイツ中に名前を刻んだ半年
2010年7月1日、香川はセレッソ大阪から育成補償金35万ユーロでドルトムントへ移籍します。背番号は23。加入当初は世界的には無名の存在でした。
転機は第4節、シャルケ04とのルールダービーです。
ブンデスリーガ第3節・VfLヴォルフスブルク戦で移籍後のリーグ戦初得点を記録し、第4節・シャルケ04とのルールダービーにて、「僕が2点取って2-0で勝つ」との公約通りに2得点を挙げ、キッカー誌、ビルト紙等で最高評価点『1』を獲得した。加入当初は世界的には全くの無名の存在だったが、この試合の活躍によって、”Shinji Kagawa”の名がドイツ中に知れ渡った。
出典(集計・二次):Wikipedia「香川真司」(※Wikipediaは一次情報ではありません。本稿では公表値の集計・整理として扱い、一次情報と区別しています)
このシーズンの香川はリーグ前半期17試合で8得点を記録し、これはMF登録の選手の中でブンデスリーガ1位でした。キッカー誌のリーグ前半戦・攻撃的MF部門では最優秀選手に選出されています。
ところが2011年1月、アジアカップで右第5中足骨を骨折。全治3カ月の重傷で、ドルトムントの9シーズンぶりのリーグ優勝の瞬間を、香川はピッチで迎えていません。復帰は5月14日の最終節、後半43分の途中出場。「カガワコール」に迎えられての約4カ月ぶりの実戦でした。
それでも、シーズン終了後にキッカー誌のブンデスリーガ年間ベストイレブンに選出されています。18試合(前半17+最終節1)の出場で、年間ベストイレブン。これがどれだけ異常な評価かは、数字を並べたほうが早いでしょう。
2011-12:13得点12アシスト、勝ち点81、そして国内2冠
翌シーズン、香川は完全に「ドルトムントの顔」になります。
リーグ優勝に王手をかけた第32節の相手は、奇しくもボルシア・メンヒェングラートバッハでした。この試合で香川が決勝ゴールを挙げ、チームの連覇が決まります。ユルゲン・クロップ監督が香川めがけてダッシュし、足を滑らせながら抱き上げた、あの場面です。
このシーズンの数字を整理します。
| 項目 | 2010-11 | 2011-12 |
|---|---|---|
| リーグ戦出場 | 18試合(前半17+最終節1) | 31試合 |
| リーグ戦得点 | 8得点 | 13得点 |
| リーグ戦アシスト | — | 12アシスト |
| チームの成績 | 9シーズンぶりのリーグ優勝 | 勝ち点81(クラブ史上最高)・28試合無敗(当時のブンデス新記録)で連覇 |
| カップ戦 | — | DFBポカール優勝。決勝でバイエルンに5-2、香川は1ゴール1アシスト。5試合3得点2アシスト |
| 個人評価 | キッカー誌 年間ベストイレブン | ビルト紙 年間ベストイレブン/ESM 欧州年間ベストイレブン |
(出典:Wikipedia「香川真司」の記述を編集部で表に整理。※Wikipedia由来のため一次情報ではなく「集計」として扱う)
DFBポカール決勝の5-2という結果に、少し立ち止まってください。相手はバイエルン・ミュンヘンです。そのバイエルンを決勝で5-2。これでドルトムントはクラブ史上初の国内2冠を達成しました。香川はこの試合で1ゴール1アシストを記録しています。
「日本人ブンデス最多得点38得点」の正しい書き方
香川に関してもう一点、注意が必要な数字があります。よく見かける「香川は日本人ブンデス最多得点」という表現です。
正確には、2017年9月30日の第7節・FCアウクスブルク戦で、日本人最多得点記録となるブンデス通算38得点目を記録した——というのが元の事実です。この時点で岡崎慎司を抜いて単独トップになりました。年次を添えずに「最多」とだけ書くと、いつ時点の話か分からなくなります。記録は更新されうるものなので、必ず「◯年◯月時点」を添えるのが安全です。
なお香川は2016年4月2日の第28節・ヴェルダー・ブレーメン戦でブンデスリーガ通算100試合出場を達成し、その試合で得点も挙げています。
④2010-11、内田篤人:日本人が初めて立ったCL準決勝
香川がドルトムントで優勝した同じシーズン、ルール地方のもう一方——シャルケ04では、内田篤人が別種の歴史をつくっていました。
内田は2010-11シーズンからシャルケでレギュラーに定着し、リーグ戦26試合に出場。そしてチャンピオンズリーグで、日本人として初めてベスト4の舞台に立ちます。
道のりを整理します。グループステージ第5節のリヨン戦で、相手DF3人を抜きながらの正確なアーリークロスをクラース=ヤン・フンテラールに合わせ、CL初アシストを記録。B組1位で決勝トーナメントへ。1回戦でバレンシアを破ると、準々決勝の相手は前回王者インテル——そして長友佑都でした。CL史上初の日本人対決です。内田はこの試合で『EURO SPORT』が選ぶ準々決勝第1戦のベストイレブンに選出されています。
準決勝の相手はマンチェスター・ユナイテッド。第1戦をホームで0-2で落とし、2戦合計1-6で敗退しました。「ベスト4」であって「優勝」ではない。ここは正確に書かなければならない箇所です。
一方で、同じ2010-11シーズン、シャルケはDFBポカールを制しています。2011年5月21日、ベルリン・オリンピアシュタディオンでの決勝で、2部のMSVデュイスブルクを5-0で下しての優勝でした。CLベスト4とDFBポカール優勝は、別の大会の、別の結果です。これを「内田はシャルケでCLを獲った」と圧縮してしまう記事が、いまでも流通しています。
内田のシャルケでの在籍は7シーズン、通算153試合。シーズン別の出場はおおよそ次の通りです。
| シーズン | 出場 | 備考 |
|---|---|---|
| 2010-11 | 26試合 | CLベスト4/DFBポカール優勝 |
| 2011-12 | 31試合 | 在籍中の最多出場シーズン |
| 2012-13 | 24試合 | — |
| 2013-14 | 17試合 | — |
| 2014-15 | 19試合 | 2015年3月に右膝を再負傷、6月に手術 |
| 2015-16 | 0試合 | — |
| 2016-17 | 0試合 | 2017年8月にウニオン・ベルリンへ移籍 |
(出典:フットボールチャンネル/Wikipedia「内田篤人」ほかの公表値を編集部で表に整理)
この表は、正直に言えば読んでいて苦しいものです。最後の2シーズンが0試合。それでも2020年にシャルケ公式が実施した「21世紀ベスト11」企画で、内田はファン投票の1位に選出されました。数字が止まった後も、記憶のほうは止まらなかったということです。
なお、香川と内田が同じ舞台に立った象徴的な一戦があります。2011年8月のDFLスーパーカップ、シャルケ vs ドルトムント。香川はフル出場し、チームはPK戦の末に敗れました。2011-12シーズンの初戦で、シャルケがドルトムントを下している——連覇の話とセットで語られることの少ない事実です。
⑤長谷部・大迫・遠藤:「勝つ日本人」から「支える日本人」へ
2010年代に入ると、日本人の存在感は「点を取る」以外の形でも可視化されるようになります。
大迫勇也:ブンデス181試合26得点
大迫勇也は2014年に1.FCケルンへ加入し、2018年からヴェルダー・ブレーメン。ブンデスリーガ通算181試合26得点を記録しました。
| シーズン | クラブ | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| 2014-15 | 1.FCケルン | 28 | 3 |
| 2015-16 | 1.FCケルン | 25 | 1 |
| 2016-17 | 1.FCケルン | 30 | 7 |
| 2017-18 | 1.FCケルン | 25 | 4 |
| 2018-19 | ヴェルダー・ブレーメン | 21 | 3 |
| 2019-20 | ヴェルダー・ブレーメン | 30 | 8 |
| 2020-21 | ヴェルダー・ブレーメン | 24 | 0 |
(出典:Wikipedia「大迫勇也」ほかの公表値を編集部で表に整理。※一次情報ではなく集計として扱う)
この表で読み取ってほしいのは、出場数の安定です。7シーズンで21〜30試合の間に収まっている。得点が0のシーズンもあれば8のシーズンもある。それでも試合には出続けた。ストライカーとしての評価軸だけで見ると見落とすタイプの貢献が、ここにあります。
遠藤航:デュエル王という「日本人にしか作れなかった」記録
そして遠藤航です。VfBシュツットガルトで、遠藤は2020-21と2021-22の2シーズン連続でブンデスリーガのデュエル王に輝きました。
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| シーズン | デュエル勝利数 |
|---|---|
| 2020-21 | 476回 |
| 2021-22 | 448回 |
デュエル王は得点王のような華やかな賞ではありません。しかし、これは「1対1で勝った回数がリーグで最も多い」ということです。日本人選手がドイツで長く言われ続けてきた「技術はあるがフィジカルで劣る」という評価を、リーグ公式の集計値で正面から否定した記録だと言えます。
比較表:日本人がドイツで刻んだ主要タイトルの年表
ここまでの内容を、年次順に一枚に整理します。大会名を必ず併記するのがこの表のポイントです。「優勝」とだけ書かれた記述に出会ったときの、突合用としてお使いください。
| シーズン | 選手 | クラブ | 大会・記録(正式に何を獲ったか) |
|---|---|---|---|
| 1977-78 | 奥寺康彦 | 1.FCケルン | ブンデスリーガ優勝+DFBポカール優勝(二冠)。リーグ20試合4得点。ポカールは準々決勝2得点、以降フル出場 |
| 2008-09 | 長谷部誠 | ヴォルフスブルク | ブンデスリーガ優勝(クラブ史上初)。25試合3アシスト |
| 2010-11 | 香川真司 | ドルトムント | ブンデスリーガ優勝(クラブ9季ぶり)。リーグ18試合8得点/キッカー誌 年間ベストイレブン |
| 2010-11 | 内田篤人 | シャルケ04 | DFBポカール優勝(決勝5-0 vs MSVデュイスブルク)+CLベスト4(日本人初/準決勝は2戦合計1-6でマンU に敗退)。リーグ26試合 |
| 2011-12 | 香川真司 | ドルトムント | ブンデスリーガ連覇+DFBポカール優勝=クラブ史上初の国内2冠。リーグ31試合13得点12アシスト/勝ち点81・28試合無敗 |
| 2017-18 | 長谷部誠 | フランクフルト | DFBポカール優勝 |
| 2020-21 | 遠藤航 | VfBシュツットガルト | ブンデスリーガ デュエル王(476回) |
| 2021-22 | 遠藤航 | VfBシュツットガルト | ブンデスリーガ デュエル王(2年連続)(448回) |
| 2021-22 | 長谷部誠 | フランクフルト | UEFAヨーロッパリーグ優勝(※ブンデスではなく欧州大会) |
※本表は編集部が出典記載の公表値を年次順に並べ替えたものです。網羅的な一覧ではなく、本文で扱った選手・記録に限定しています。
編集部集計:数字で見る「49年」
以下はすべて、上記の出典に掲載された公表値への四則演算のみで算出した数字です。推計・推測は含みません。
| 指標 | 値 | 算出方法 |
|---|---|---|
| 日本人ブンデス史の長さ | 2026-27で通算50シーズン目 | 1977-78を1季目として 2026 − 1977 + 1 |
| 奥寺の移籍から板倉の復帰発表まで | 約49年1か月 | 1977年7月 → 2026年8月20日 |
| ブンデス優勝の「空白期間」 | 31シーズン | 奥寺の1977-78 → 長谷部の2008-09(2008 − 1977) |
| 長谷部 ÷ 奥寺(通算出場) | 1.64倍(差150試合) | 384 ÷ 234/384 − 234 |
| 長谷部の384試合を「フル稼働換算」すると | 11.3シーズン分 | 384 ÷ 34(1シーズン34試合) |
| 香川 2011-12 の1試合あたり得点関与 | 0.81 | (13得点 + 12アシスト) ÷ 31試合 |
| 内田のシャルケ通算に占める最初の2季 | 37.3% | (26 + 31) ÷ 153 |
| 遠藤のデュエル王2季合計 | 924回(年平均462回) | 476 + 448/÷ 2 |
| 大迫のブンデス1試合あたり得点 | 0.14 | 26得点 ÷ 181試合 |
| 板倉のボルシアMG第1期・年平均出場 | 26.7試合 | 公式戦80試合 ÷ 3シーズン |
| DFBポカール1回戦の日本人28名に占めるボルシアMG勢 | 14.3% | 4名 ÷ 28名 |
最後の行が、いまのボルシアMGの異常さを一番よく表していると思います。ドイツのカップ戦1回戦に出場する日本人選手のおよそ7人に1人が、同じ1クラブに所属している——という状態です。
⑥板倉滉の復帰と、ボルシアMGの「日本人カルテット」
ここまで来て、ようやく現在に戻ってきます。
復帰の条件:2030年まで、背番号6
2026年8月20日、ボルシアMGはアヤックスから板倉滉の完全移籍加入を発表しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 契約期間 | 2030年6月30日までの4年間 |
| 背番号 | 6 |
| 移籍金 | 固定350万ユーロ/ボーナス込み総額400万ユーロ(独『スカイスポーツ』報道) |
| 付帯条件 | 将来的な売却時に移籍金の一部をアヤックスが受け取る(同報道) |
| 年齢 | 29歳(2026年8月20日時点) |
※円換算について。日本語媒体では約6億5000万円/約7億4000万円という数字が併記されていますが、適用した為替レートと換算日が明示されていないため、本稿ではユーロ額を主表記としました。金額の円換算は、レートと換算日をセットにしないと時間の経過で誤情報になります。
本人のコメントです。
ボルシアに戻ってくることができてとても嬉しいです。このクラブが恋しかったですし、オファーが届いた瞬間に復帰を決めました。まるで家に帰ってきたような気分です。再びボルシアの選手としてプレーし、ホームのファンの前で戦えることを楽しみにしています
出典(報道/クラブ公式発表を伝えたもの):サッカーキング「板倉滉のボルシアMG加入が決定! 1年での復帰に『家に帰ってきたような気分』…背番号は「6」」(2026年8月20日)
クラブ側のコメントも引いておきます。スポーツ部門責任者ルーヴェン・シュレーダー氏の言葉です。
冬の時点ですでに板倉を呼び戻すことを検討していた(中略)当時は大胆な計画に思えたが、今や現実のものとなった。我々が求めていた経験とクオリティーを兼ね備える選手を獲得できたことを嬉しく思う。クラブを熟知しており、適応に時間がほとんど時間がかからないこと、そして何より彼が復帰を望んでおり、すべてが理想的な形となった
出典(報道/クラブ公式発表を伝えたもの):同上
「冬の時点ですでに検討していた」という一文が、この移籍の性格を説明しています。夏の穴埋めで急に浮上した話ではなかったということです。
板倉にとって、今回が「初のドイツ」ではない
ここは記事によって落ちがちな部分です。板倉のキャリアを整理します。
| 時期 | 所属 | 備考 |
|---|---|---|
| 〜2018 | 川崎フロンターレ/ベガルタ仙台 | — |
| 2019年1月 | マンチェスター・シティ | 加入 |
| 2019〜2021 | フローニンゲン(レンタル) | オランダ |
| 2021-22 | シャルケ04(レンタル) | 初のドイツはここ |
| 2022年夏〜2025年夏 | ボルシアMG(完全移籍) | 3年間で公式戦通算80試合7得点3アシスト |
| 2025-26 | アヤックス | 公式戦26試合 |
| 2026年8月20日〜 | ボルシアMG | 1年ぶりの復帰。2030年6月30日まで/背番号6 |
つまり板倉は、2部落ちのシーズンのシャルケ、中位クラブのボルシアMG、そしてオランダの強豪アヤックスという3種類の環境を経験して戻ってきたことになります。「古巣復帰」という言葉が想像させるよりは、はるかに情報量の多い5年間です。
4人の内訳
板倉の加入により、ボルシアMGの日本人は4名になりました。
| 選手 | ポジション | 加入 | 契約形態・備考 |
|---|---|---|---|
| 板倉 滉 | DF | 2026年8月(復帰) | アヤックスから完全移籍。2030年6月30日まで/背番号6 |
| 町野 修斗 | FW | 2025年 | 在籍継続。背番号18 |
| 宇野 禅斗 | MF | 2026年夏 | 清水エスパルスから完全移籍・4年契約。クラブ歴代6人目の日本人選手と報じられた |
| 橋岡 大樹 | DF | 2026年夏 | スラヴィア・プラハから買取オプション付きレンタル(2027年6月30日まで)。ブンデス初挑戦 |
(出典:サッカーキング/超WORLDサッカーの各報道。詳細は末尾の出典欄)
この4人、ポジションがきれいに分かれているのが面白いところです。DFが2枚、MFが1枚、FWが1枚。「日本人枠」的な発想でまとめて獲得したのではなく、それぞれ別の必要から獲られていることが構成から読み取れます。
プレシーズンの動きもひとつだけ触れておくと、開幕前最後のテストマッチとなった2026年8月16日のアストン・ヴィラ戦では、橋岡と町野が出場しています(ボルシアMGが2-0で勝利、と報じられました)。板倉の合流はこの直後です。
1977年の1人と、2026年の28人
最後に、冒頭の数字に戻ります。
1977年、ブンデスリーガでプレーする日本人は1人でした。奥寺康彦だけです。
2026年、DFBポカール1回戦に参戦する日本人は過去最多の28人。そのうち4人が、ボルシア・パルクにいます。
この間に起きたことを一行でまとめるなら、「日本人がドイツで珍しくなくなった」ということです。そしてそれは、奥寺の二冠、長谷部の384試合、香川の連覇、内田のCLベスト4、遠藤のデュエル王——本稿で並べてきた一つひとつの結果が、順番に積み上がった結果でもあります。名場面は、記録としてだけでなく、次の世代の入り口としても機能してきたということです。
8月28日、その50シーズン目が始まります。
2026年8月23日時点で確認できなかったこと
誠実さのために、書けなかったことを明示します。
- クラブ公式リリース(borussia.de)の原文。編集部の執筆環境からURL取得がブロックされ、直接確認できませんでした。本稿の板倉・シュレーダー両氏のコメントは、クラブ公式発表を伝えた日本語媒体の記載に基づく「報道」として扱っています。公開前に一次で突合してください。
- 町野修斗の2025-26シーズン・リーグ戦得点数。媒体により表現が揺れており、確定した公式集計を確認できなかったため、本文に数字を記載していません。
- 長谷部誠のブンデス通算出場数の確定値。384試合と383試合の両方が流通しています。本稿は出典記事の384試合を採りましたが、断定はしていません。
- 香川真司のブンデスリーガ通算成績(最終値)。媒体間で数え方が異なるため、本稿では「2017年9月30日時点で通算38得点=当時の日本人最多」という年次付きの事実のみを記載しています。
- 2026-27のボルシアMG登録メンバー全体、および各選手の起用方針。本稿では扱っていません。今季の成績・順位・出場数の予想も一切行っていません。
FAQ
Q1. ブンデスリーガ2026-27はいつ開幕しますか?
現地2026年8月28日(金)です。第1節は8月28日〜30日に行われ、開幕カードはバイエルン・ミュンヘン vs VfBシュトゥットガルト(アリアンツ・アレーナ、現地20:30=日本時間8月29日3:30)。なお8月21日に開幕したのはプレミアリーグとリーグ・アンで、ブンデスではありません。ドイツはリーグ開幕前にDFBポカール1回戦(8月21〜24日、9月1〜2日)を挟みます。
Q2. 板倉滉はなぜ1年でボルシアMGに戻ったのですか?
クラブ側の説明としては、スポーツ部門責任者のルーヴェン・シュレーダー氏が「冬の時点ですでに板倉を呼び戻すことを検討していた」と述べています。板倉本人は「オファーが届いた瞬間に復帰を決めました。まるで家に帰ってきたような気分です」とコメントしています。契約は2030年6月30日までの4年間、背番号は6です。移籍金は固定350万ユーロ+ボーナス込み総額400万ユーロと独メディアが報じています。
Q3. 「香川真司はドルトムントで連覇した」は正しいですか?
正しいですが、2シーズンの中身は大きく違います。2010-11はリーグ18試合8得点(前半17試合8得点はMF登録でリーグ1位)と牽引しながら、2011年1月のアジアカップで右第5中足骨を骨折し、優勝の瞬間はピッチにいません(復帰は最終節の途中出場)。2011-12はリーグ31試合13得点12アシスト、チームは勝ち点81・28試合無敗で連覇。さらにDFBポカール決勝でバイエルンに5-2(香川1ゴール1アシスト)で、クラブ史上初の国内2冠を達成しました。
Q4. 内田篤人はシャルケでチャンピオンズリーグを優勝したのですか?
いいえ。2010-11シーズンのCLベスト4(準決勝進出)です。準決勝でマンチェスター・ユナイテッドに2戦合計1-6で敗れています。日本人がCL準決勝の舞台に立ったのはこれが初めてでした。ただし同じシーズンにDFBポカールは優勝しています(決勝で2部のMSVデュイスブルクに5-0)。CLとDFBポカールは別の大会なので、混ぜないでください。
Q5. 日本人で初めてブンデスリーガでプレーしたのは誰ですか?
奥寺康彦です。1977年に古河電気工業サッカー部から1.FCケルンへ移籍し、同年10月にブンデスデビュー。初年度の1977-78にリーグ優勝とDFBポカール制覇の二冠を経験しました。リーグは20試合4得点、ポカールは準々決勝で2得点を挙げています。ブンデス通算は234試合26得点4アシストで、これは日本人歴代2位の出場数です(1位は長谷部誠の384試合)。
Q6. ボルシアMGの日本人4人というのは、ブンデス史上でも多いほうですか?
1クラブに日本人が4名同時に在籍するのは、きわめて珍しい状況です。参考として、編集部集計の数字を1つ挙げます。2026-27のDFBポカール1回戦に参戦する日本人選手は過去最多の28名と報じられていますが、そのうち4名(14.3%)がボルシアMG所属です。ドイツのカップ戦に出る日本人のおよそ7人に1人が同じクラブにいる計算になります(4 ÷ 28 の単純計算)。
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- サッカーの観方・楽しみ方ガイド(fan-soccer HUB)|本記事の親HUBです。競技の入口から順に読みたい方はこちらから。
- 日本代表への道|W杯2026戦士27人の生い立ちマップ【保護者向け】|「日本人選手はどこから来たのか」を、育成年代までさかのぼって追った特集です。本記事の欧州編と対になります。
このほか、ブンデスリーガの全体像(開幕日・クラブ構成・日本人選手・視聴方法)をまとめた保存版ガイド、ボルシアMGのクラブガイド、DFBポカールの解説記事を順次公開予定です。公開後、本セクションからリンクします。
出典(確認日:2026年8月23日)
- サッカーキング「板倉滉のボルシアMG加入が決定! 1年での復帰に『家に帰ってきたような気分』…背番号は「6」」(2026年8月20日)(報道/クラブ公式発表を伝えたもの。契約期間2030年6月30日まで・背番号6・移籍金・板倉およびシュレーダー氏のコメント・ボルシアMG第1期の公式戦80試合7得点3アシスト・アヤックスでの26試合・日本人4名の内訳)
- ボルシア・メンヒェングラートバッハ公式「Borussia verpflichtet Ko Itakura」(一次情報。ただし編集部の執筆環境からURL取得がブロックされ、2026年8月23日時点で原文を直接確認できていません。本文の引用は上記日本語媒体の記載に基づきます。公開前に必ず突合してください)
- ライブドアニュース「ブンデスリーガが2026-27シーズンの日程を発表 第1節は8月28日から」(2026年7月2日)(報道/第1節の日程)
- サッカーキング「日本代表多数所属のブンデス、新シーズンの日程発表! 開幕カードはバイエルンvsシュトゥットガルト、シャルケ復帰でダービーも復活」(2026年7月2日)(報道/開幕カード・キックオフ時刻・シャルケの1部復帰・日本人選手の所属クラブ)
- サッカーキング「魔物が棲むDFBポカール——下剋上のロマンと、新たなるヒーロー誕生の予感…日本人選手は過去最多の28名に」(2026年8月20日)(報道/DFBポカール1回戦の日本人28名=過去最多。編集部集計「14.3%」の分母)
- フットボールチャンネル「堂安律、佐野海舟ら日本人選手が参戦! DFBポカール全63試合を『GAORAオンデマンド』で配信」(2026年8月21日)(報道/DFBポカール2026-27の1回戦日程=8月21〜24日・9月1〜2日)
- フットボールチャンネル「もっと評価されるべき…。ブンデスリーガ優勝を経験した偉大な日本人選手5人。タイトル獲得に貢献した男たち」(2026年4月26日)(報道/奥寺康彦の1977-78二冠・リーグ20試合4得点・ポカール準々決勝2得点・ブンデス通算234試合26得点4アシスト/長谷部誠のブンデス通算384試合7得点21アシスト・2008-09の25試合3アシスト・移籍歴)
- Wikipedia「香川真司」(集計・二次情報/2010-11の前半17試合8得点・アジアカップでの骨折と最終節復帰・キッカー誌年間ベストイレブン/2011-12のリーグ31試合13得点12アシスト・勝ち点81・28試合無敗・第32節ボルシアMG戦の決勝弾・DFBポカール決勝5-2と1ゴール1アシスト/2016年4月2日のブンデス通算100試合/2017年9月30日の通算38得点=当時の日本人最多/2011年8月のDFLスーパーカップ)
- フットボールチャンネル「内田篤人、シャルケファンが選ぶ21世紀ベスト11選出。7季在籍で153試合に出場」(2020年3月27日)(報道/シャルケ7季通算153試合・21世紀ベスト11の1位選出)
- Wikipedia「内田篤人」(集計・二次情報/2010-11のリーグ26試合・CL初アシスト・シーズン別出場数・2015年3月の右膝再負傷と6月の手術・2017年8月のウニオン・ベルリン移籍)
- Wikipedia「大迫勇也」(集計・二次情報/ブンデス通算181試合26得点およびシーズン別の出場・得点)
- Wikipedia「遠藤航」(集計・二次情報/2020-21のデュエル勝利476回、2021-22の448回、2年連続デュエル王)
- サッカーキング「宇野禅斗、清水から独1部ボルシアMGへ完全移籍! 4年契約締結、クラブ歴代6人目の日本人選手に」(2026年6月18日)(報道/宇野禅斗の完全移籍・4年契約・クラブ歴代6人目の日本人選手)
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- サッカーキング「ボルシアMGがエースの2発でEL王者アストン・ヴィラを撃破…開幕前最後のテストマッチで橋岡&町野が出場」(2026年8月16日)(報道/プレシーズン最終戦での橋岡・町野の出場)
本記事は公開情報と編集部レビューをもとに構成しています。取材・独自調査は行っていません。「編集部集計」と記した数値は、上記出典に掲載された公表値への四則演算のみで算出したものです。Wikipediaを出典とした箇所は一次情報ではなく「集計・二次情報」として扱っています。所属・背番号・契約内容は移籍市場の状況で変わります。観戦や情報の確認にあたっては、必ずクラブ公式・リーグ公式で最新情報をご確認ください。本記事では今季の順位・成績についていかなる予測も行っていません。
執筆: SportsPulse 編集部 / 公開: 2026-08-23
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最終更新日: 2026年8月24日 | 編集方針
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📅 更新履歴
| 日付 | 変更内容 |
|---|---|
| 2026年8月24日 | 初回公開 |
✅ ファクト再検証
最終検証日:2026年8月24日
SportsPulse 編集部が公開情報をもとに内容を確認しています。情報は確認時点のものです。最新情報は各公式サイトをご確認ください。
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