2006 年(Buchwald 体制)
2007 / 2017 / 2022(日本最多)
席埼玉スタジアム 2002
日本最大級のサッカー専用
クラブの原点
サポーターと共に再建
Skorża 体制で日本最多
クラブ史と “赤い悪魔” — 76 年の歩み
浦和レッドダイヤモンズの起源は、1950 年に発足した三菱重工業サッカー部に遡る。後に 三菱自動車工業サッカー部に名称変更しながら、長く日本リーグ強豪としての地位を維持してきた。1992 年に J リーグのプロクラブへ移行、1993 年 5 月の J リーグ開幕時には オリジナル 10 の一員としてプロサッカー界の黎明期を支えた。本拠地は埼玉県さいたま市(旧浦和市エリア)、クラブ名 「レッドダイヤモンズ」は三菱グループの企業ロゴにある “三つのダイヤモンド” に由来している。
クラブカラーは鮮やかな ライトレッド、愛称は 「赤い悪魔」「赤き血のイレブン」と呼ばれ、サポーター・選手・エンブレムまでが真っ赤に染まる世界観がトレードマーク。ホームスタジアムは 埼玉スタジアム 2002(収容能力 63,700 席)、日本最大級のサッカー専用スタジアムとして 2002 FIFA W 杯の準決勝会場(Brazil vs Turkey)にもなった。一部の試合は 浦和駒場スタジアムでも開催される。
クラブの歴史には影もある。1999 シーズンに J2 へ降格するという苦杯を経験した。2001 年に J1 復帰を果たし、その後の常勝路線を築き上げた。「降格からの復活」という物語はサポーターにとって誇りの一ページとなっており、現在の盤石な経営基盤と熱狂的なサポーター文化はこの時期の試練を経て築き上げられた。J リーグ屈指の 観客動員数(平均 35,000 人超)とクラブ収益を誇る経営モデルは、現代日本のサッカークラブ運営の代表例として評価されている。
2006 J1 制覇と Buchwald 時代
浦和レッズ史上唯一の J1 リーグ制覇は 2006 シーズン。指揮を執ったのは ギド・ブッフバルト(Guido Buchwald、ドイツ)。1990 年 W 杯優勝メンバーとして西ドイツ代表でプレーした名 CB は、現役引退後に浦和の監督として就任、堅守+セットプレーの現実主義サッカーで クラブ史上初めて J1 タイトル獲得を達成した。同年は天皇杯も同時制覇し、史上初の J1 + 天皇杯 のダブルを達成している。
中心選手は ロブソン・ポンテ(ブラジル MF)、闘莉王(マルクス・トゥーリオ・タナカ、ブラジル→日本帰化 CB / FW)、小野伸二、長谷部誠、阿部勇樹、田中マルクス闘莉王、田中達也、永井雄一郎、内舘秀樹、坪井慶介、堀之内聖、岡野雅行。Buchwald 体制は 2007 年に AFC チャンピオンズリーグ初制覇でクラブを国際舞台へ押し上げ、その後のオリヴェイラ体制下で実現する 2008 FIFA クラブ W 杯出場の道を切り開いた。
Petrović “ミシャ式” 6 年体制 2012-2017
ミハイロ・ペトロヴィッチ(Mihailo Petrović、セルビア)は 2012 年に浦和監督就任、2017 年まで 6 シーズンの長期体制を築いた。広島・札幌でも指揮を執った経験豊富な指揮官の代名詞は 「ミシャ式 3-4-2-1」。CB 3 枚+ボランチ 2 枚+シャドー 2 枚+ CF 1 枚という独特の配置で、攻撃時に左右の WB が前進し、シャドーが内側で創造性を発揮するシステムだ。
Petrović 体制の中心選手は 興梠慎三、柏木陽介、武藤雄樹、那須大亮、槙野智章、平川忠亮、宇賀神友弥、森脇良太、橋本和、関根貴大、駒井善成、李忠成(タカ・チュンソン)。2014 年・2015 年に J1 リーグ準V(2 連続)、2014 年に J リーグカップ(ナビスコ)優勝、2015 年・2016 年に ステージ制度時の年間勝点 1 位を達成するなど、リーグ屈指の常勝集団としての地位を確立した。
Petrović は 2017 年 7 月に成績不振で解任、後任の 堀孝史監督がクラブを再生し、2017 年 ACL 制覇(決勝 vs Al-Hilal 総合 2-1)を達成。同年 12 月の FIFA クラブ W 杯では Real Madrid と PK 戦負け(PK 戦の前まで 0-0 で耐える)した。Petrović 時代の遺産が、ACL 2017 制覇という形で結実した瞬間だった。
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ACL 3 冠 — “アジアの盟主” の系譜
| シーズン | 監督 | 決勝 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2007 | Ogi(小倉) | vs Sepahan(イラン) 第1戦 1-1、第2戦 2-0、総合 3-1 |
日本クラブ初の ACL 制覇 → 2008 FIFA クラブ W 杯出場 |
| 2017 | 堀孝史 | vs Al-Hilal(サウジアラビア) 第1戦 1-1、第2戦 1-0、総合 2-1 |
クラブ 2 度目の制覇 → 2017 クラブ W 杯(Real Madrid 戦) |
| 2022 | Skorża | vs Al-Hilal(再戦) 第1戦 1-1、第2戦 1-0(延長 Linssen 弾) |
クラブ 3 度目・日本クラブ最多タイ → 2023 クラブ W 杯 |
2007 年 ACL 初制覇は、日本クラブとして初めての ACL 優勝。決勝の対 Sepahan 第 2 戦は埼玉スタジアム 2002 で 2-0 勝利、永井雄一郎とポンテのゴールで歴史的勝利を奪った。2017 年は堀孝史体制で対 Al-Hilal 戦、第 2 戦のホームで興梠の決勝点。2022 年は Skorża 体制で再び Al-Hilal と対戦、延長戦の Bryan Linssen の決勝点で 3 冠目を達成した。
ACL 通算 3 冠は J リーグ史上最多。ガンバ大阪(1 冠 / 2008)、鹿島アントラーズ(1 冠 / 2018)、ジュビロ磐田(1 冠 / 1999)と比較しても、浦和の 3 度の優勝は単独最多記録となっている。”アジアの盟主” を自認する根拠となっている偉業だ。
2024-25 Skorża 復帰と再建
マチェイ・スコルジャ(Maciej Skorża、ポーランド)は 2022 年に浦和監督に就任、就任年度に ACL 制覇を達成した名将。母国ポーランドではレフ・ポズナンを率いてリーグ優勝を経験、戦術的リアリズムと選手起用の柔軟さで知られる。2022 年シーズン後に家族の事情で退任したが、2024-25 シーズンに 2 年ぶりに浦和監督に復帰。
Skorża 復帰後の戦術は 4-3-3 / 3-4-2-1 をベースに、堅守速攻+セットプレーの現実主義スタイル。Buchwald 時代の勝利優先主義を継承する形で、リーグタイトル奪還とアジア再制覇の両立を目指している。2024-25 シーズンは リーグ上位フィニッシュと ACL Elite 出場権の確保を達成し、再建基盤を固めた。
2025-26 主力ロスター(10名)
J1 順位推移と ACL 偉業の系譜
| シーズン | J1 順位 | 監督 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1999 | 16位 | — | クラブ史上唯一の J2 降格 |
| 2001 | 9位 | — | J1 復帰、再建モード |
| 2006 | 優勝 | Buchwald | クラブ史上唯一の J1 制覇+天皇杯ダブル |
| 2007 | 2位 | Ogi | ACL 初制覇 |
| 2014 | 2位 | Petrović | ナビスコカップ優勝 |
| 2017 | 7位 | Petrović → 堀 | ACL 2 度目制覇 |
| 2022 | 9位 | Skorża | ACL 3 度目制覇(日本最多タイ) |
| 2025 | 上位 | Skorża | 2024-25 復帰後の再建継続 |
2026-27 秋春制への移行と新章
J リーグは 2026-27 シーズンから秋春制(オータム=スプリング)へ移行することが 2023 年に正式決定。これまでの「2 月〜 12 月の暦年シーズン」から、「8 月開幕〜翌年 5 月閉幕」の欧州標準カレンダーに変更される。浦和レッズにとっては 真冬の埼玉スタジアム 2002 でのホームゲーム対応、ACL Elite との日程整合、欧州移籍市場との直結が新時代の課題となる。
クラブ運営の側面では、三菱グループとの長期パートナーシップが継続しつつ、近年は 地域連携(さいたま市・埼玉県)や 女子チーム(浦和レッズレディース、WE リーグ)、ユース育成(原口元気・遠藤航・鈴木彩艶らを輩出)といった多面的な発展戦略を進めている。
埼玉スタジアム 2002 と “赤い壁” — 日本一のサポーター文化
埼玉スタジアム 2002 は 2001 年 9 月開場、収容能力 63,700 席の日本最大級のサッカー専用スタジアム。2002 FIFA W 杯では準決勝(Brazil vs Turkey)など 4 試合が開催され、現代サッカー史的に重要な舞台となった。ピッチとの距離が極めて近い設計、急傾斜のスタンドが生み出す圧倒的な視界と一体感は、欧州のビッグスタジアムに匹敵する。
浦和レッズの試合日には、ホームゴール裏が「赤い壁(Red Wall)」と化し、一体感ある応援、歌声、ビッグフラッグの投下など、欧州クラブさながらの熱量で知られる。この熱狂は 「レッドワンダーランド」の異名でも呼ばれ、国内外のサッカーファンから注目を集めてきた。欧州のビッグクラブの選手が日本に来た際に 「世界一の雰囲気」と評したこともある。試合後の「Let’s Go Urawa Reds」コールはサポーターと選手の一体感を象徴する伝統となっている。
アクセスは 埼玉高速鉄道「浦和美園」駅からスタジアムまで徒歩 15-20 分。その道のりに赤いユニフォームを着たサポーターが連なる光景は J リーグ随一。スタジアムグルメは 浦和レッズオフィシャルカフェ、牛すじ煮込み、焼き鳥、ホットドッグなどが名物。
2025-26 浦和レッズを語るうえでの5つのチェックポイント
- ACL 3 冠(日本クラブ最多タイ)の継承 — 2007/2017/2022 のアジアの盟主としての継続的プレゼンス。
- Skorża 体制 2 期目の再建 — 2022 ACL 制覇監督の復帰、リーグタイトル奪還への明確な道筋。
- ショルツ × ホイブラーテンの最強 CB コンビ — J1 屈指の守備ブロックを支える 2 名。
- 伊藤敦樹の海外移籍動向 — 日本代表ボランチの中核として欧州クラブの関心が高まる。
- “赤い壁” の動員力 — 平均 35,000 人超の観客動員はクラブの最大の経営資産。
サポーター文化とライバル関係
浦和レッズのサポーターは「レッズ・ファミリー」または「ウラワレッズ」と呼ばれる。「We Are Reds」のチャント、「4 バカ」と呼ばれる伝統的なチャント、試合後にも残って選手と歌い続ける「Let’s Go Urawa Reds」コールなど、独自の応援文化が根付いている。
最大のライバルは 鹿島アントラーズとの「関東赤の対決」。J リーグ初期から続く伝統の対決で、両クラブの優勝争いが J1 の勢力図を決定づけてきた。大宮アルディージャとの「さいたまダービー」も埼玉県内の地域対立として強い意味を持つ(大宮は現在 J2/J3 を行き来する状態)。
浦和ユース出身の選手は 原口元気、関根貴大、橋岡大樹、伊藤敦樹、武藤雄樹、高橋峻希、遠藤航、鈴木彩艶など、日本代表・欧州クラブで活躍する選手を多数輩出。遠藤航は VfB Stuttgart → Liverpool で日本代表キャプテン、鈴木彩艶は Parma で日本代表正 GK 候補として、それぞれ世界トップレベルで活躍している。
浦和レッズを深く楽しむためのおすすめアイテム
執筆: SportsPulse 編集部 / 更新: 2026-05-13
