最終更新日: 2026年9月2日 / 裏取り日: 2026年9月2日
2026年、フォーミュラ1のグリッドに「11チーム目」が並びました。キャデラック(ゼネラルモーターズ=GMのブランド)です。台数でいえば20台から22台へ、たった2台の増加。けれどもこの2台が並ぶまでに、公募の開始から最終承認まで764日かかっています。しかも一度は商業面で断られている。
「レースなんだから、走りたいチームが増えたら入れてあげればいいのに」——そう思った方は多いはずです。ところがF1は、10チーム20台という枠を長いあいだ動かしませんでした。なぜでしょうか。答えは技術でもスポーツマンシップでもなく、「席が有限で、収入の分け方が先に決まっている」という経済の構造にあります。
この記事の結論(先に3行で)
1. F1の収入分配は「チーム数で割る」構造を含むため、チームが1つ増えると既存10チームの取り分が薄まる。これが増枠に最も強く効くブレーキです。
2. その希薄化を金銭で埋め合わせる仕組みが「アンチダイリューション費用」。ただし金額は一次情報での確認が難しく、本稿では確定額として扱いません(理由は後述)。
3. キャデラックが通ったのは「技術・資金・人材・環境・社会性」を問うFIAの審査と、そのあとに待つ商業合意という二段構えの関門。前者を通っても後者で止まることがある、というのが2024年に実際に起きたことです。
結論:F1が増枠を渋るのは「パイの大きさ」ではなく「パイの切り方」の問題
最初に、この記事全体の見取り図を示しておきます。F1の新規参入がなぜ難しいのかは、次の3層に分けると一気に見通しがよくなります。
第1層は「分配」です。F1は各レースごとに賞金を払う競技ではありません。年間を通じたコンストラクターズ選手権の順位などをもとに、商業権保有者(Formula 1=FOM)が集めた収入を年単位でチームに配る。そしてその配り方の一部は「参加チームで分ける」形をとります。つまり参加者が11になれば、同じ原資でも1チームあたりの取り分は理論上薄まる。これが最初のブレーキです。
第2層は「合意」です。その分配ルールを定めているのがコンコルド協定という契約で、F1、FIA、そして全チームが署名して初めて成立します。新規参入は、この契約に新しい署名者を1つ増やす行為でもある。だからこそ既存チームの同意コストが高い。
第3層は「審査」です。スポーツの規則面ではFIAが、商業面ではF1(FOM)が、それぞれ別々に判断します。この二重構造が、キャデラックのケースで最もドラマチックに表面化しました。
この3層を頭に置いたうえで、実際に何が起きたのかを順に見ていきましょう。F1のビジネス構造をもっと広く知りたい方は、当サイトのF1まとめページ(SportsPulse F1ハブ)もあわせてどうぞ。
2026年、10年ぶりに「22台」が戻ってきた
F1公式・FIA公式が発表したこと
2025年3月7日、F1公式サイトは「キャデラックF1チームが11チーム目としてF1グリッドに加わる最終承認を得た」と発表しました。記事はこう書いています。
「本日、FIAとフォーミュラ・ワン・マネジメントは、キャデラックF1チームが来年から既存の10チームに加わるための要件を満たしたと発表した」(F1公式サイト、2025年3月7日/確認日2026年9月2日)
同日、FIA公式サイトも解説記事を出しました。そこにはF1のグリッド史を理解するうえで重要な一文があります。
「これはスポーツにとって新時代の到来を意味し、グリッドに22台以上が並ぶのは10年ぶりのことである」(FIA公式サイト、2025年3月7日/確認日2026年9月2日)
同じFIAの記事は、キャデラックを「2016年のハースF1チーム以来、初となる完全な新規参入者」とも表現しています。つまりF1は、2016年から2025年までの10シーズン、まったく新しいチームを1つも受け入れなかったということです。ここが本稿の出発点になります。
グリッドはこう変わった(比較表①)
「たった2台増えただけ」に見えて、運営側から見ると変更点は意外に多岐にわたります。F1公式が2026年の規則変更をまとめた記事の内容を軸に、10チーム時代と11チーム時代を並べてみます。
| 項目 | 10チーム時代(〜2025年) | 11チーム時代(2026年〜) |
|---|---|---|
| チーム数 | 10 | 11 |
| 出走台数 | 20台 | 22台 |
| Q1での脱落台数 | 5台 | 6台(Q1は18分) |
| Q2での脱落台数 | 5台 | 6台(Q2は15分) |
| Q3進出台数 | 10台 | 10台(変更なし・Q3は13分) |
| 車両側コストキャップ | 1億3,500万ドル(2025年) | 2億1,500万ドル |
| パワーユニット側コストキャップ | 9,500万ドル | 1億3,000万ドル |
| コンコルド協定 | 10チームが署名 | 第9次協定に11チーム全てが署名(2030年まで) |
出典: F1公式「From smaller cars to a bigger budget cap – 12 rule changes you need to know in 2026」、F1公式「Formula 1, the FIA and all 11 teams confirm signing of 2026 Concorde Governance Agreement」(いずれも確認日2026年9月2日)。
予選については、ひとつ注意しておきたい点があります。日本語圏の入門解説には、いまも20台時代の数字が残っているページがあるということです。実際、国内メーカーが公開しているF1入門コンテンツには「Q1で上位16台が通過」といった記述が残存しているものがあり、これを2026年の根拠に使うと事故ります。
安全なのは「通過台数」ではなく「脱落台数」で覚えることです。2026年のF1公式記事は、こう書いています。
「Q1で脱落するのは5台ではなく6台となり、18分間の予選第1セッションの終了時点で6台が姿を消す。Q2でも同じことが起き、15分間のセッションから6台が先へ進めない。つまりQ3はこれまでどおり上位10台で争われる(ただし13分間になった)」(F1公式サイト「12 rule changes you need to know in 2026」、2026年3月3日/確認日2026年9月2日)
「22台-6台=16台がQ2へ」「16台-6台=10台がQ3へ」。この引き算だけ覚えておけば、台数が将来また変わっても自分で計算できます。参入枠の話をするうえでも、この“座席表”の感覚は重要です。グリッドは無限に広がるものではなく、1周あたりに何台が同時に走れるかという物理的な上限を持った空間だからです。
比較のポイントを押さえる
記事で整理したポイントを踏まえて、比べやすい候補の一つを確認できます。
なぜ「20台」に絞られてきたのか ― 3つの理由
理由1:分配金という「先に切り方が決まっているパイ」
F1の収益構造で最初に押さえるべきは、「レースに勝っても、その場で賞金は出ない」という点です。優勝しても手渡されるのはトロフィーとポイントであって、現金ではありません。ではチームはどこからお金を受け取るのか。商業権保有者であるFormula 1が、放映権料・開催権料・スポンサー収入などをまとめて集め、それを年間の分配金としてチームに配ります。
この分配の設計は、大きく2つの発想が混ざっています。ひとつは「参加していること自体への対価」。もうひとつは「コンストラクターズ選手権での順位に応じた対価」です。前者は参加チームで分け合う性格を持ち、後者は成績で傾斜がつく。加えて、選手権の歴史や過去の実績に紐づく特別な支払いが存在することも複数の専門媒体が繰り返し報じてきました。
本稿での金額の扱いについて(重要)
分配金の総額や、各カラムの配分比率(「◯◯%を均等配分」など)は、専門媒体が独自に推計・報道しているもので、Formula 1やFIAの一次情報として公表されているわけではありません。本稿では比率や総額の具体的な数字は使わず、仕組みの説明にとどめます。数字が必要な箇所では、必ず「〜と報じられている」+媒体名の形で明示します。
この仕組みのもとで、チームが1つ増えるとどうなるか。原資(=F1が集めた収入の総額)が同じままなら、参加していること自体への対価は、より多くのチームで分けることになります。既存チームから見れば、自分たちは何も悪いことをしていないのに取り分が減る。これが「希薄化(ダイリューション)」と呼ばれる現象です。
ここが重要なところなのですが、この構造はF1の収入が伸びていても解消しません。なぜなら「収入が伸びる」ことと「新規参入によって取り分が薄まる」ことは、別々に同時に起きるからです。既存チームの経営者から見れば、「今後5年で伸びるはずだった自分の取り分が、新参者の分だけ削られる」という話になる。だから交渉のテーブルでは、増枠は原理的に歓迎されにくい。
理由2:週末そのものが「席数の決まった劇場」だから
経済の話に隠れがちですが、物理的な制約も無視できません。ピットレーンのガレージの数、パドックのスペース、輸送するフレイトの量、サーキットが受け入れられる人員、そしてタイヤの供給量。これらはすべて有限です。
加えて、コース上の「密度」の問題があります。22台が同じ1周に散らばると、周回遅れの発生の仕方も、予選のトラフィックも、セーフティカー時の隊列の長さも変わる。だからF1は今回、単に「1チーム足す」だけでなく、予選のQ1・Q2の脱落人数まで書き換えました。増枠とは規則の書き換えを伴う作業であり、関係者全員に負担が生じる。この面倒くささもまた、抑止力として働きます。
理由3:「弱いチームが増えると商品価値が下がる」という考え方
3つ目は、少し冷たく聞こえるかもしれない理屈です。F1というコンテンツの価値は、「トップレベルの競争が行われている」という前提に支えられています。もし資金が続かず、周回遅れになり、途中で撤退するチームが増えれば、放映権の価値も、開催権の価値も、スポンサーの支払い意欲も下がりかねない。
F1は過去に、シーズン途中で消えていくチームを何度も見てきました。だから新規参入の審査基準には、単なる資金の有無ではなく「競争力のあるレベルで参戦し続けられるだけの資金を調達し、維持できるか」という表現が入っています。一発の資金ではなく、継続性を見る。ここは後述の比較表②で具体的に確認します。
アンチダイリューション費用 ― 「席の値段」の正体
では、既存チームの取り分が薄まる問題を、F1はどう処理してきたのか。ここで登場するのがアンチダイリューション費用(anti-dilution fee)、直訳すれば「希薄化防止料」です。
考え方はとてもシンプルです。新規参入者が一時金を支払い、それを既存チームに配ることで、参入直後に生じる取り分の目減りを埋め合わせる。株式でいえば新株発行時の希薄化調整に近い発想で、名前もそこから来ています。「席そのものに値札をつけた」と理解すると腑に落ちやすいと思います。
この費用について、専門媒体はこう説明しています。
「アンチダイリューション費用はFIAの参入手続きとは別の商業上の取り決めであり、新規参入者が加わって賞金原資が一時的に希薄化した場合に、既存チームへ補償を提供するために設計されたものである」(Speedcafe、確認日2026年9月2日/二次情報)
この引用で最も大事なのは金額ではなく、「FIAの参入手続きとは別の、商業上の取り決めである」という一文です。つまりスポーツの規則を統括するFIAが「技術的にも人的にも問題なし」と判断しても、それとは別のレイヤーで商業合意が必要になる。この二段構えこそが、F1の参入障壁の本体です。
金額について、本稿があえて書かないこと
アンチダイリューション費用の金額は、2021年から適用されたコンコルド協定において2億ドルとされたと広く報じられています(Motorsport.com、PlanetF1ほか)。また、2026年以降の新協定に向けて6億ドルへの引き上げが議論されたと報じられました(The Race、Sportskeeda ほか)。
しかし、2026年以降に実際に適用される金額を、FIA/F1公式やコンコルド協定の公表部分といった一次情報で確認することはできませんでした。コンコルド協定は全文が公開される契約ではないためです。
したがって本稿では、2026年以降の金額を確定事実として書きません。また、ドル建ての金額についても円換算は行いません。換算に用いるレートとその基準日を一次情報で確認できないためです(見出しの金額表現も同様に、円では書いていません)。
なお、コストキャップの金額については事情が違います。F1公式は2026年の規則解説記事で、車両側のコストキャップを2億1,500万ドルとし、「財務規則上は1億7,000万ポンド、1億9,900万ユーロとして調整されている」と併記しています。これは為替レートによる換算ではなく規則そのものが定める並記額です。だから3通貨は書けるけれど、円は書けない。この線引きが、金額を扱ううえでの実務的な基準になります。
参入の関門は、いくつあるのか(比較表②)
ここからは、実際にキャデラックが通った関門を並べていきます。ありがたいことに、FIAは自ら「どうやって11チーム目への道を開いたか」を解説記事にまとめており、審査基準がかなり具体的に書かれています。これを一次情報として使えます。
FIAは2023年2月2日に「関心表明(Expression of Interest)」の公募を出しました。その募集要項について、FIA公式記事はこう記しています。
「すべての応募者は徹底したデューデリジェンスを受け、技術的能力とリソース、選手権に競争力あるレベルで参加し続けられるだけの資金を調達し維持する能力、そしてチームの経験と人的資源について評価される」(FIA公式サイト「Cadillac F1 – How the FIA paved the way for an 11th team in Formula 1」、2025年3月7日/確認日2026年9月2日)
さらに同記事は、応募者が「サステナビリティ上の課題にどう対処するか」「2030年までにCO2ネットゼロを達成する計画」「参戦を通じてどう社会に肯定的な影響を与えるか」まで示す必要があったと書いています。速さや資金だけの話ではない、ということです。
これらを一覧にすると、次のようになります。
| 関門 | 誰が判断するか | 問われる内容 | 情報の質 |
|---|---|---|---|
| ① 技術的能力とリソース | FIA | 設計・開発体制、施設、技術者 | FIA公式(一次) |
| ② 資金の調達力と維持力 | FIA | 「競争力あるレベルで参加し続ける」ための継続的資金 | FIA公式(一次) |
| ③ 経験と人的資源 | FIA | F1で戦った実績、集められる人材 | FIA公式(一次) |
| ④ 環境(2030年ネットゼロ計画) | FIA | CO2ネットゼロに向けた具体的計画 | FIA公式(一次) |
| ⑤ 社会的インパクト | FIA | 参戦を通じた肯定的な社会的影響 | FIA公式(一次) |
| ⑥ 商業合意 | Formula 1(FOM) | 商業条件の合意。FIA審査を通っても、ここで止まることがある | FIA公式・F1公式(一次) |
| ⑦ アンチダイリューション費用 | コンコルド協定に基づく商業取り決め | 既存チームへの希薄化補償。金額は本稿では確定扱いしない | 報道ベース(二次) |
| ⑧ コンコルド協定への署名 | F1・FIA・全チーム | 規制・商業・ガバナンスの枠組みに参加 | F1公式(一次) |
| ⑨ パワーユニットの確保 | 供給側との契約 | 自製できないなら供給元を確保する必要 | F1公式(一次) |
9個。しかもこれは、実際にレースを走る前の話です。ここまで並べて初めて、「なぜ簡単にチームを増やせないのか」への答えが立体的になります。速い車を作れるかどうかは、9つの関門のうち1つでしかないのです。
編集部集計①:FIA公式が明記した日付だけで測る「参入に要した時間」
集計方法:FIA公式記事「Cadillac F1 – How the FIA paved the way for an 11th team in Formula 1」(2025年3月7日公開)に日付が明記されている出来事のみを対象とし、日数を単純差分で算出しました。
対象:同記事に「◯年◯月◯日」の形で書かれた5つの節目。
除外条件:報道ベースの日付、月のみで日が特定できない出来事(2023年5月の「申請招待」など)、および本稿執筆時点で媒体間に相違がある2026年後半戦の日程はすべて除外しました。
基準日:2026年9月2日。
| 区間 | 日数 | 意味するところ |
|---|---|---|
| FIA会長の表明(2023年1月2日)→ 最終承認(2025年3月7日) | 795日 | 「増枠を検討する」と言ってから決まるまで、2年以上 |
| 公募開始(2023年2月2日)→ 最終承認(2025年3月7日) | 764日 | 応募受付から結論までの実質的な審査・交渉期間 |
| FIA審査通過(2023年10月2日)→ FOMによる却下(2024年1月31日) | 121日 | スポーツ側の合格から商業側の不合格まで、わずか4か月 |
| FOMによる却下(2024年1月31日)→ 最終承認(2025年3月7日) | 401日 | 一度断られてから覆すのに、1年以上を要した |
| 公募開始(2023年2月2日)→ 本稿執筆日(2026年9月2日) | 1,308日 | 公募から、実際に走る姿を我々が見るまでの総経過 |
加えて、通過率も出せます。FIA公式記事によれば、関心表明は7件提出され、3件が初期段階で除外、4件が評価段階へ進み、最終的に基準を「あらゆる重要な点で」満たしたのは1件だけでした。編集部で単純計算すると、応募全体からの通過率は14.3%(1/7)、評価段階に進んだ4件からの通過率は25.0%(1/4)です。初期段階での除外率は42.9%(3/7)でした。
この数字が示すのは、F1の参入審査が「順番待ちの列」ではなく「大半が落ちる選抜」だということです。しかも、その選抜を勝ち抜いた1件ですら、いったんは商業面で断られている。
一度は断られた ― 2024年1月31日に何が書かれたか
この記事で最も示唆に富むのは、2024年1月31日のFOMの回答です。FIA公式記事は、FOMがアンドレッティ/キャデラックの申請を却下しつつ、将来の参加を否定はしなかったと記し、その理由の中核をこう引用しています。
「2028年選手権へのチーム参入の申請については、GMのワークスチームとして、あるいは許容されるすべてのコンポーネントを自社で設計するGMのカスタマーチームとして、GMのパワーユニットを伴うものであれば、異なる見方をするだろう」(FIA公式サイトが引用したFOMの声明、2024年1月31日/確認日2026年9月2日)
つまり商業側が求めたのは、「誰が走るか」ではなく「何を持ち込むか」でした。既存のパワーユニットを買って参戦するだけの11チーム目は、パイを薄める側にしか見えない。しかし自動車メーカーが自らのパワーユニット計画を携えてくるなら、それはパイそのものを大きくしうる存在になる——この線引きが、F1が「11チーム目」に対して長年抱いてきた警戒心を、最もはっきり言語化した瞬間だったと言えます。
実際、その後キャデラックはフェラーリからパワーユニットとギアボックスの供給を受けることで2026年の参戦にこぎつけ、同時にGM自身のパワーユニット計画を進めています。F1公式は最終承認の記事で、この体制が「10年代の終わりまでにキャデラックがフルワークスチームになることに寄与する」と書いています。
F1の勢力図やチーム体制の最新情報は、当サイトのF1関連記事の一覧ページからたどれます。
コストキャップは参入障壁を下げたのか ― よくある誤解の訂正(比較表③)
「支出に上限があるなら、資金力のない新規チームでも戦えるはずでは?」——これはとても自然な疑問です。実際、コストキャップ(予算上限)の導入は、参入のハードルを理屈のうえでは下げました。上限があるということは、「いくら積んでも際限なく速くなる」構造が消えたということだからです。
ただし、ここには2つの大きな注意点があります。ひとつは、2026年にキャップの金額が大きく上がったこと。もうひとつは、キャップの「除外規定」がしばしば誤って説明されていることです。後者は当サイトも過去に誤った記述を流通させてしまった箇所なので、ここで明確に訂正しておきます。
訂正:除外されるのは「トップ3ドライバーの給与」ではない
誤り:「コストキャップからは、トップ3ドライバーの給与が除外される」
正しくは:除外は2本立てです。
① ドライバー報酬は全員分が除外される(「上位3人だけ」ではありません)。
② それとは別に、ドライバー以外の高額報酬者のうち上位3名分が除外される。
「3」という数字が登場するのは②のほうで、しかもドライバーではなくスタッフ側の話です。当サイトの過去記事に「トップ3ドライバーの給与が除外」という趣旨の記述がありましたが、これは誤りでした。ここに訂正します。
この点は複数の解説媒体でも同じ整理がなされており、たとえば次のように説明されています。
「ドライバーの給与とボーナスは2026年の2億1,500万ドルのコストキャップの外側にあり、各チームの報酬上位3名のスタッフの給与も同様である」(複数の解説媒体による2026年コストキャップの整理/二次情報・確認日2026年9月2日)
なぜこの区別が新規参入の話に効いてくるのか。理由はこうです。ドライバー報酬が全額キャップ外なら、資金力のあるチームは「速い車を作る予算」を1円も削らずに、青天井でドライバーを買える。つまりコストキャップは「車の開発競争」を平準化しましたが、「人材の獲得競争」はむしろキャップの外に温存した。新規参入チームにとって、これは想像以上に重い制約です。車の性能差は縮められても、ドライバーとキーパーソンの獲得競争では依然として資金力がものを言うからです。
2026年、キャップは「上がった」(編集部集計②)
さらに重要なのは、2026年にキャップの金額そのものが大幅に引き上げられたことです。F1公式は2026年の規則変更をまとめた記事で、その理由をこう説明しています。
「車のあらゆる面でこれほど多くが変わるため、パーツの流用の余地がきわめて小さい。そこで追加の費用をまかなえるよう、予算上限が引き上げられた」(F1公式サイト「12 rule changes you need to know in 2026」、2026年3月3日/確認日2026年9月2日)
編集部集計②の方法:F1公式記事に明記されたドル建ての金額のみを対象に、増額幅と増加率を単純計算しました。対象=車両側コストキャップとパワーユニット側コストキャップの2項目。除外条件=ポンド・ユーロの併記額(規則上の並記であり通貨間の比較にならないため)、および円換算(レートと基準日を一次情報で確認できないため実施せず)。増加率は小数第2位を四捨五入。基準日=2026年9月2日。
| 項目 | 2025年 | 2026年 | 増額幅 | 増加率 |
|---|---|---|---|---|
| 車両側コストキャップ | 1億3,500万ドル | 2億1,500万ドル | +8,000万ドル | +59.3% |
| パワーユニット側コストキャップ | 9,500万ドル | 1億3,000万ドル | +3,500万ドル | +36.8% |
| 2項目の合算 | 2億3,000万ドル | 3億4,500万ドル | +1億1,500万ドル | +50.0% |
1年でちょうど50%増。しかもこれは「使ってよい上限」であって、「必要な最低額」ではありません。とはいえ、上限が上がるということは上限まで使えるチームと使えないチームの差が再び開きうるということでもあります。コストキャップの導入が参入障壁を下げた、という説明は正しい。けれども2026年に関しては、その効果が一時的に弱まる方向に振れた、というのが正確な理解です。
なお本稿では、車両側コストキャップについてFIAの2026年財務規則が定める2億1,500万ドルという額と、1シーズンが24戦を超える場合は1戦あたり180万ドルが加算されるという調整規定を確認しています。ただし2026年シーズンの総戦数は本稿執筆時点で媒体間の記述が割れており、23戦とするものと24戦とするものが混在しています。したがって本稿では総戦数・残り戦数・加算後のキャップ総額を一切算出しません。同じ理由で、「残り◯戦で最大◯点」といった選手権の逆転計算も本稿には登場しません。
「11チーム目」が持つ意味 ― 増枠は誰の得になるのか
既存チームにとって:短期はマイナス、長期は未知数
ここまでの整理を踏まえると、既存チームにとっての損得はこう見えます。短期的には取り分の希薄化というマイナスがあり、それをアンチダイリューション費用が部分的に埋める。長期的には、北米の巨大自動車メーカーが本気で入ってくることによる市場の拡大がプラスに働きうる。ただしこの「プラス」は、実現するまで確認できません。
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つまり増枠の判断とは、確実な短期損失と、不確実な長期利益を天秤にかける意思決定です。企業の意思決定として考えれば、既存チームが慎重になるのはごく合理的だと分かります。「意地悪をしている」のではなく、「不確実性の高い投資を、自分の取り分を削って行うことを求められている」構図なのです。
F1(商業権保有者)にとって:市場の拡大装置
一方、Formula 1という商業主体から見ると計算は違います。北米市場の拡大は近年の最優先課題であり、アメリカの自動車メーカーがフルワークス化を目指して参入することは、放映権・スポンサー・開催権すべての交渉材料になります。だからFOMは2024年に一度断ったときも、「GMのパワーユニットを伴うなら見方が変わる」という条件を明示した。断ったのではなく、値札を貼り替えたと読むべきでしょう。
ファンにとって:2席増えたことの意味
そしてファンにとって。11チーム目の登場は、F1で走れるドライバーの席が20から22に増えたことを意味します。当サイトでは8月18日公開の記事で「2027年にドライバー市場でいくつの席が動きうるか」という需給の話を扱いましたが、あちらが「誰が座るか」の記事だとすれば、本稿は「そもそも椅子は何脚あって、なぜ増えないのか」の記事です。同じ現象を、需要側と供給側から見ていることになります。
また8月15日公開の記事では、キャデラックが参戦から半年ほどでチーム代表を交代させた件(グレアム・ロウドンからマルチン・ブトコウスキーへ)を扱いました。あちらは組織・人事の分析でした。参入の経済学(本稿)、組織運営(8月15日)、ドライバー市場(8月18日)——この3つを重ねると、新規参入という出来事の全体像が見えてきます。
なお、2026年のキャデラックのドライバーラインアップについては、F1公式がバルテリ・ボッタスとセルジオ・ペレスと明記しています。シーズン中には放出報道が流れましたが、ボッタス本人がこれを強く否定しており、当時のチーム代表も「噂には一切の事実の裏づけがない」と述べたと複数媒体が報じました。噂と公式発表を混ぜないよう注意したい箇所です。
今週末、22台のグリッドを自分の目で確かめる
理屈の話が続いたので、最後に実物の確認方法を。2026年シーズンの第13戦イタリアGPが、9月4日(金)から6日(日)にかけてモンツァのアウトドローモ・ナツィオナーレで行われます。F1公式によれば決勝は現地時間9月6日15時スタート、53周。スプリントを含む週末フォーマットです。
この週末、予選をご覧になるなら、ぜひQ1の終了時に何台が消えるかを数えてみてください。6台です。10チーム時代なら5台でした。たった1台の違いですが、その1台の裏側には、795日の審査と交渉、7件中1件という選抜、そして「席をどう値付けするか」という長い議論が横たわっています。SportsPulseのF1ページでも、レースウィークの見どころを随時まとめています。
なお、本稿でカレンダーに言及しているのは直近の第13戦イタリアGPまでです。それ以降の2026年後半戦の日程については、執筆時点で媒体間に食い違いがあり(一例としてアメリカGPの開催日)、一次情報で確定できませんでした。したがって本稿では後半戦の日程を確定事実として扱っていません。
よくある質問(FAQ)
Q1. F1のチーム数に、規則上の上限はあるのですか?
A. 「10チームまで」といった数字が公開規則に固定的に書かれているわけではありません。実際に2026年から11チームになっています。ただし本稿で見たとおり、新規参入にはFIAの審査と、それとは別のFormula 1(FOM)との商業合意、さらにコンコルド協定への参加が必要です。上限があるから増えないのではなく、関門が多いから増えない、というのが実態に近い説明です。
Q2. アンチダイリューション費用は、結局いくらなのですか?
A. 本稿では確定額を書きません。2021年から適用されたコンコルド協定では2億ドルとされたと広く報じられ、2026年以降に向けては6億ドルへの引き上げが議論されたとも報じられました(The Race、Motorsport.com、PlanetF1 ほか)。しかし、2026年以降に実際に適用される金額をFIA/F1公式などの一次情報で確認することはできませんでした。コンコルド協定は全文が公開される契約ではないためです。金額よりも、「新規参入者が一時金を払い、既存チームの希薄化を補償する」という仕組みのほうが本質だとお考えください。
Q3. コストキャップから除外されるのは「トップ3ドライバーの給与」ですか?
A. いいえ、それは誤りです。正しくは①ドライバー報酬は全員分が除外され、②それとは別にドライバー以外の高額報酬者の上位3名分が除外される、という2本立ての構造です。「3」という数字はドライバーではなくスタッフ側にかかります。当サイトも過去にこの点を誤って記載していたため、本稿で訂正しました。なお2026年の車両側コストキャップは2億1,500万ドル(財務規則上は1億7,000万ポンド、1億9,900万ユーロとしても並記)です。
Q4. 2026年の予選は、何台が脱落するのですか?
A. 22台のグリッドに対し、Q1(18分)で6台、Q2(15分)で6台が脱落し、Q3(13分)は上位10台で争われます。20台時代はQ1・Q2とも5台ずつの脱落でした。注意点として、国内で公開されているF1入門コンテンツの一部には20台時代の記述が残っているものがあります。脱落台数はF1公式の記載を正としてください。
Q5. なぜドルのまま書いていて、円に直してくれないのですか?
A. 換算に使うレートと、その基準日を一次情報で確認できていないため、本稿では円換算を実施していません。金額は必ず「いつのレートで換算したか」とセットでなければ、読み手を誤解させます。とくに数年前の報道額を今日のレートで円に直すと、実態からかけ離れた印象を与えかねません。この方針は見出しの金額にも例外なく適用しています。なお、F1公式が示すポンド・ユーロの併記額は為替換算ではなく財務規則そのものが定める並記額であるため、これは記載しています。
Q6. 2026年シーズンは全部で何戦あるのですか?
A. 本稿では総戦数を書きません。執筆時点で媒体間に23戦とするものと24戦とするものがあり、一次情報で一意に確定できなかったためです。同じ理由で、後半戦の個別の開催日(アメリカGPなど媒体間で日付が割れているもの)も確定事実として扱っていません。確実に言えるのは、直近の第13戦イタリアGPが2026年9月4〜6日にモンツァで開催されることです。
Q7. キャデラックは自分でエンジンを作っているのですか?
A. 2026年の参戦時点では、フェラーリからパワーユニットとギアボックスの供給を受ける体制です。並行してGMは自社パワーユニットの開発を進めており、F1公式は最終承認時の記事で、この体制が「10年代の終わりまでにキャデラックがフルワークスチームになることに寄与する」と記しています。自製パワーユニットの投入年については、本稿では確定年を記載しません(一次情報での確認ができなかったため)。
Q8. 12チーム目、13チーム目は出てくるのでしょうか?
A. 本稿執筆時点で、次の新規参入に関する公式なプロセスは確認できていません。構造から言えることは、11チームになったことで分配の分母がすでに1つ増えており、12チーム目に対する既存チームの抵抗は理屈のうえではむしろ強まる方向にある、ということです。ただし、GMのケースが示したように「パイそのものを大きくする」と商業側に判断させる要素があれば、話は変わり得ます。予測ではなく、構造としてそう読める、という範囲でお受け取りください。
まとめ ― 「席の希少性」というレンズ
F1が11チーム目をなかなか認めなかった理由を、もう一度3行で。収入の分け方が先に決まっているから、増枠は既存チームの取り分を確実に薄める。その希薄化を金銭で埋めるのがアンチダイリューション費用という仕組みで、席そのものに値札がついている。そして参入審査は、技術・資金・人材・環境・社会性を問うFIAの関門と、その先に待つ商業合意という二段構えになっている。
この「席の希少性」というレンズは、F1以外のスポーツビジネスにも応用が利きます。プロリーグのフランチャイズ、放映権を分け合う競技団体、参加者で収益をシェアするあらゆる仕組みで、同じ力学が働いているからです。参加者を増やすと1人あたりが薄まる。だから既得の参加者は抵抗する。抵抗を解くには、新規参入者が「パイを薄める人」ではなく「パイを大きくする人」だと示すしかない。
2026年、モンツァのグリッドに並ぶ22台目のマシン。その1台には、764日の審査と、一度の却下と、401日の巻き返しが詰まっています。今週末はそこまで含めて眺めてみると、少し違う景色が見えるかもしれません。
出典
一次情報(F1公式・FIA公式)
1. Formula 1公式「Cadillac receive final approval to join Formula 1 grid in 2026 as 11th team」(2025年3月7日)
https://www.formula1.com/en/latest/article/cadillac-receive-final-approval-to-join-formula-1-grid-in-2026-as-11th-team.1saxQLtLPc7k9TFl4eNrQN
確認日: 2026年9月2日
2. FIA公式「Cadillac F1 – How the FIA paved the way for an 11th team in Formula 1」(2025年3月7日)
https://www.fia.com/news/cadillac-f1-how-fia-paved-way-11th-team-formula-1
確認日: 2026年9月2日
3. Formula 1公式「From smaller cars to a bigger budget cap – 12 rule changes you need to know in 2026」(2026年3月3日)
https://www.formula1.com/en/latest/article/from-smaller-cars-to-a-bigger-budget-cap-12-rule-changes-you-need-to-know-in.56uUTFhB0z5j3iZfhC0rGP
確認日: 2026年9月2日
4. Formula 1公式「Formula 1, the FIA and all 11 teams confirm signing of 2026 Concorde Governance Agreement」(2025年12月12日)
https://www.formula1.com/en/latest/article/formula-1-the-fia-and-all-11-teams-confirm-signing-of-2026-concorde.79MABMiuGyslBK1107y7Ig
確認日: 2026年9月2日
5. Formula 1公式「What time is the Formula 1 2026 Italian Grand Prix and how can I watch it?」(第13戦イタリアGPの日程・決勝時刻・周回数)
https://www.formula1.com/en/latest/article/what-time-is-the-formula-1-2026-italian-grand-prix-and-how-can-i-watch-it.ERtrQbRGpZLQpXzJUdTqG
確認日: 2026年9月2日
6. Formula 1公式 チームページ「Cadillac」(2026年のドライバーラインアップ)
https://www.formula1.com/en/teams/cadillac
確認日: 2026年9月2日
7. FIA「2026 Formula 1 Sporting Regulations(Section B)」
https://www.fia.com/regulation/category/110
確認日: 2026年9月2日
二次情報(報道ベース。本文中では「〜と報じられている」として扱っています)
8. Speedcafe「Key change to F1 anti-dilution fee」(アンチダイリューション費用の位置づけ)
https://speedcafe.com/key-change-to-f1-anti-dilution-fee/
確認日: 2026年9月2日
9. Motorsport.com「New F1 entries will have to pay $200m to rival teams」(2億ドルという報道額)
https://www.motorsport.com/f1/news/new-f1-entries-200m-dilution-fund/4873462/
確認日: 2026年9月2日
10. The Race「F1 teams pushing for massive hike to $200m new entry fee」(引き上げ議論)
https://www.the-race.com/formula-1/f1-teams-pushing-for-massive-hike-to-200m-new-entry-fee/
確認日: 2026年9月2日
11. PlanetF1「F1 entry fee: Why do new teams have to pay a whopping $200m fee to enter?」
https://www.planetf1.com/news/why-new-teams-200m-entry-fee
確認日: 2026年9月2日
12. Motorsport.com「Valtteri Bottas slams “b*******” Cadillac F1 exit rumours」(放出報道の本人否定)
https://www.motorsport.com/f1/news/valtteri-bottas-slams-bullsht-cadillac-f1-exit-rumours/10826652/
確認日: 2026年9月2日
13. Motorsport.com「Graeme Lowdon leaves Cadillac, replaced by new team principal」(チーム代表交代)
https://www.motorsport.com/f1/news/cadillac-appoints-new-f1-team-boss-as-graeme-lowdon-leaves/10845933/
確認日: 2026年9月2日
14. Motor Sport Magazine「F1 prize money: How much do GP teams and drivers really make?」(分配の仕組みの一般的説明)
https://www.motorsportmagazine.com/articles/single-seaters/f1/f1-prize-money-how-much-do-gp-teams-and-drivers-really-make/
確認日: 2026年9月2日
本稿で意図的に空欄にした項目
・アンチダイリューション費用の2026年以降の適用額(一次情報で確認できず)
・分配金の総額および各カラムの配分比率(一次情報で確認できず)
・すべてのドル建て金額の円換算(レートと基準日を一次情報で確認できず)
・2026年シーズンの総戦数・残り戦数・24戦超過時のキャップ加算後の総額(媒体間で記述が割れているため)
・第13戦イタリアGPより後の2026年後半戦の開催日(媒体間で日付が割れているため)
本記事は、F1公式サイトおよびFIA公式サイトの公開情報を一次情報として参照し、SportsPulse 編集部で内容を相互確認したうえで作成しました。取材・調査・アンケートは実施していません。数値・日付は本文中に記載した確認日時点のものです。
本記事は特定の企業や証券に関する投資判断を提供するものではありません。
執筆: SportsPulse 編集部(編集部レビュー済み/最終更新: 2026年9月2日)
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最終更新日: 2026年9月3日 | 編集方針
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📅 更新履歴
| 日付 | 変更内容 |
|---|---|
| 2026年9月3日 | 初回公開 |
✅ ファクト再検証
最終検証日:2026年9月3日
SportsPulse 編集部が公開情報をもとに内容を確認しています。情報は確認時点のものです。最新情報は各公式サイトをご確認ください。
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