更新日: 2026年9月2日 / カテゴリ: ファン/名場面(バスケットボール・レイカーズ史)
この記事の結論(先に3行)
1. バス家がロサンゼルス・レイカーズに関わってきた47年間の優勝は11回。ただしそのうち10回はジェリー・バス本人の在任中(1979年〜2013年)で、11回目の2020年は本人の死後、家族が引き継いだ後の優勝です。ここは混同されやすい部分です。
2. いま話題になっている「バス家の残り持ち分(17.8%)の売却」は、まだ決着していません。ジニー・バス氏が信託の条項を根拠に反対しており、法廷闘争に発展する可能性が報じられている段階です。「バス家がレイカーズを手放した」と完了形で語るのは、2026年9月2日時点では正確ではありません。
3. だからこそ本記事は、株式や訴訟ではなくコートの上に残った名場面を主役にします。1980年のマジック・ジョンソン、1985年のボストン・ガーデン、1987年のジュニア・スカイフック、2000年代のシャック&コービー、そして2020年のバブル。「年・大会・相手・スコア・両者の立場」がそろって確認できた場面だけを並べました。
2026年の夏、NBAの話題の中心にレイカーズがいました。ただしそれは、コートの上の話ではありませんでした。球団の持ち分をめぐる、オーナー一族の内側の話です。
CBSスポーツによれば、バス家は保有する17.8%の持ち分を、新たに球団の過半数株式を取得したボブ・アイガー氏とジョシュ・クシュナー氏の側に売却する方向で動きました。ところが球団ガバナー(統括オーナー)であるジニー・バス氏はこれに反対し、代理人弁護士を通じて「その決議は無効である」という趣旨の書簡を出しています(同記事、2026年8月18日付)。つまり、この件はまだ終わっていません。
ニュースとしては生々しい話です。ですが、レイカーズというクラブを長く見てきた人にとって、いま思い出されているのはおそらく別のものでしょう。1979年に一人の男がこのクラブを買い、そこから始まった「ショータイム」と呼ばれた時代。ボストンとの因縁。シャキール・オニールとコービー・ブライアント。そして2020年、無観客の隔離環境で掲げられた11個目のトロフィー。
この記事は、オーナーシップが節目を迎えている「いま」を入り口にしながら、バス家の47年間にレイカーズが刻んだ名場面を、記録ベースで振り返るものです。レイカーズの名前は知っているけれど、ショータイムやバス家の歴史はよく知らない——そういう方に向けて書いています。バスケットボールのファン向け記事はファン向けバスケットボールのハブにまとめていますので、あわせてどうぞ。
1. まず整理:2026年夏に何が起きていて、何が「まだ起きていない」のか
名場面の話に入る前に、時事のフックになっている部分を短く、そして断定しない形で整理しておきます。ここを曖昧にしたまま懐古に入ると、読み手が誤解したまま持ち帰ってしまうからです。
確認できている経緯
まず2025年。球団公式サイト「Lakers.com」は「Mark Walter Acquires Majority Stake in Lakers(マーク・ウォルター氏がレイカーズの過半数株式を取得)」として、バス家からウォルター氏への過半数株式の移転を告知しています。このときの評価額は100億ドルと報じられ、バス家は過半数を手放しつつも一定の持ち分を残しました。
次に2026年8月。CNBCは「Bob Iger, Joshua Kushner buy Los Angeles Lakers from Mark Walter」(2026年8月12日付)として、ウォルター氏からボブ・アイガー氏・ジョシュ・クシュナー氏の陣営への売却を報じました。CBSスポーツによれば、この取引の評価額は125億ドルです。ウォルター氏が過半数を握ってから、1年強でのオーナー交代ということになります。
そして問題の17.8%。CBSスポーツの記事は、この取引に付随する条項をバス兄弟姉妹のうち5人が行使し、家族の残り持ち分も同じ条件で売る方向に動いた、と伝えています。バス家名義の声明も引用されており、そこには「家族として残りの持ち分を売却することを決めた」という趣旨の文言があります。
CBSスポーツの記事(2026年8月18日付)は、ジニー・バス氏の代理人が「共同受託者(ジニー、ジェイニー、ジョーイの3氏)の承認なしに信託が保有する17.8%の持ち分の売却は成立しない」という趣旨を書面で主張したと伝えています。同記事はまた、NBAの規定上、ガバナーであり続けるには最低15%の保有が必要であるため、この売却が成立すればジニー・バス氏はガバナーの座を維持できなくなる、と説明しています。
出典: CBS Sports「Jeanie Buss disputes her family’s sale of Lakers stake」(2026年8月18日)/2026年9月2日確認
だから「終わった」とは書けない
整理すると、2026年9月2日時点で確認できるのは次の3点です。(a) 球団の過半数株式はすでにバス家の手を離れている(2025年)。(b) その過半数株式が2026年にさらに別の陣営へ移ったと報じられている。(c) バス家に残る17.8%の扱いについては、一族内で見解が割れており、法的な決着はついていない。
つまり「バス家がレイカーズを手放した」という完了形は、少なくとも17.8%の部分についてはまだ書けないということです。スポルティコは「訴訟に発展しうる」という趣旨の分析記事を出しており、当事者間で決着するのか、裁判所が判断するのかも現時点では未確定です。本記事は、この件についてこれ以上の予測はしません。予測はニュースではないからです。
金額の表記について(お断り)
本記事に登場する6,750万ドル・100億ドル・125億ドルといった金額は、すべてドル建てのまま記載しています。円換算は実施していません(各時点の為替レートとその基準日を一次情報として確認できなかったためです)。「◯兆円」といった見出し的な換算も、同じ理由で行っていません。
2. 1979年、ジェリー・バスが買ったのは「レイカーズ」だけではなかった
すべての起点は1979年です。ネイスミス・バスケットボール殿堂の公式プロフィールは、ジェリー・バス氏についてこう記しています。
教育、忍耐、そして多大な努力を通じて、ジェリー・バスは1979年にロサンゼルス・レイカーズを買収し、西海岸のバスケットボールに確固たる地位を築く立場に自らを置いた。(中略)バスの下で、レイカーズはカリーム・アブドゥル=ジャバー、マジック・ジョンソン、シャキール・オニール、コービー・ブライアントといった伝説的な選手、そしてパット・ライリー、フィル・ジャクソンという殿堂入り指揮官を擁した。
出典: Naismith Memorial Basketball Hall of Fame「Jerry Buss」公式プロフィール/2026年9月2日確認
殿堂公式によれば、バス氏の殿堂入りは2010年、「貢献者(Contributor)」部門。1933年1月27日にワイオミング州ケマラーで生まれ、2013年2月18日に亡くなっています。選手やコーチではなく、オーナーとして殿堂入りしたという点が、この人物の特異さを端的に示しています。
1979年の買収についてもう少し具体的に書くと、これはレイカーズ単体の買い物ではありませんでした。当時のオーナーだったジャック・ケント・クック氏から、総額6,750万ドルで、レイカーズ、NHLのロサンゼルス・キングス、本拠地アリーナだったフォーラム、そしてカリフォルニア州内の広大な牧場を含む一括取引として引き取った、と各媒体が伝えています。当時としては米国スポーツ史上最大級の取引でした。
そして、ここが重要なところなのですが——バス氏がオーナーになった最初のシーズンに、レイカーズは優勝します。1979-80シーズン。その最終盤に、この記事で最初に取り上げる名場面が生まれました。
「コート外」でも仕掛けた人だった
殿堂公式のプロフィールは、バス氏の功績としてコート上の成績以外も挙げています。ひとつはNBA理事会(Board of Governors)議長を2期務めたこと。もうひとつは、レイカーズのホームゲーム全試合を放送するケーブル網「プライム・チケット・ネットワーク」の立ち上げに関わったこと。さらに、同氏の下でWNBAのロサンゼルス・スパークスが2001年・2002年に2度の優勝を果たしたことも記載されています。
つまりバス氏の47年は、「強いチームを作った」だけの話ではありません。試合をエンターテインメントとして売り、放映の器そのものを作りにいったという点で、いまのNBAのビジネスモデルの原型に触れている人物です。この視点は、ほかのスポーツの経営を見るときにも効きます。同種の「クラブ経営と興行」の話はNBAファン向けハブでも扱っています。
3. ショータイム(1980年代)―確認できた4つの名場面
1980年代のレイカーズは「ショータイム」と呼ばれました。速攻を中心にした攻撃的なスタイルと、ハリウッドの華やかさが結びついた時代です。殿堂公式のプロフィールは、レイカーズが1980年代にNBAファイナルへ8回進出し、5度優勝したと記しています。
ここからは名場面を並べていきますが、本記事では「①年 ②大会・ラウンド ③相手 ④スコア ⑤両者の立場」の5点がすべて確認できたものだけを採用しました。有名な逸話でも、この5点がそろわないものは今回は載せていません。数が減っても、そのほうが読者にとって安全だからです。
名場面①:1980年ファイナル第6戦 ― ルーキーがセンターで先発した夜
年:1980年5月16日
大会・ラウンド:NBAファイナル 第6戦(敵地フィラデルフィア)
相手:フィラデルフィア・セブンティシクサーズ
スコア:レイカーズ 123-107 セブンティシクサーズ(シリーズ4勝2敗で優勝)
両者の立場:レイカーズはシリーズ3勝2敗でリーチ。ただし主軸カリーム・アブドゥル=ジャバーが足首の負傷で欠場。シクサーズは本拠地で第7戦へ持ち込みたい状況。
エースのセンターが欠場した敵地の王手試合で、先発センターに入ったのは20歳のルーキー、マジック・ジョンソンでした。本来はポイントガードです。ESPNやNBA公式の回顧記事によれば、ジョンソンはこの試合で42得点15リバウンド7アシストを記録し、試合中に事実上5つのポジションすべてでプレーしました。レイカーズは123-107で勝ち、シリーズを4勝2敗で制してバス体制初年度の優勝を決めます。ジョンソンはファイナルMVPに選ばれました。
この一戦がなぜ「名場面」なのか。スコアや個人成績以上に、「新オーナーの1年目に、ルーキーがポジションを飛び越えて優勝を決めた」という物語の形が完璧すぎるからです。ショータイムという言葉が後に定着したのも、この夜の記憶と無縁ではありません。
名場面②:1985年ファイナル第6戦 ― ボストン・ガーデンで初めて勝った日
年:1985年6月9日
大会・ラウンド:NBAファイナル 第6戦(敵地ボストン・ガーデン)
相手:ボストン・セルティックス
スコア:レイカーズ 111-100 セルティックス(シリーズ4勝2敗で優勝)
両者の立場:レイカーズはそれまでファイナルでセルティックスに一度も勝てていなかった。セルティックスは本拠地での第6戦で巻き返しを狙う側。
レイカーズとセルティックスのファイナル対決は、当時すでに長い歴史がありました。そしてその歴史のなかで、レイカーズは一度もセルティックスに勝てていませんでした。1985年の第6戦は、その記録が破られた試合です。
レイカーズは敵地ボストン・ガーデンで111-100と勝ち、シリーズを4勝2敗で制しました。ファイナルMVPはカリーム・アブドゥル=ジャバー。当時38歳です。前年に同じ相手に敗れた屈辱を、ベテランの中心選手が返した形になりました。「ボストンで胴上げした最初のビジターチーム」という言い方をされることもある一戦です。
名場面③:1987年ファイナル第4戦 ― ジュニア・スカイフック
年:1987年6月9日
大会・ラウンド:NBAファイナル 第4戦(敵地ボストン・ガーデン)
相手:ボストン・セルティックス
スコア:レイカーズ 107-106 セルティックス(この勝利でシリーズ3勝1敗。最終的に4勝2敗で優勝)
両者の立場:シリーズ2勝1敗のレイカーズが敵地で3勝目を狙う場面。終盤1点差の攻防。
残り数秒、1点を追う場面。マジック・ジョンソンがインバウンドパスを受け、コーナーでフェイクを入れてからドリブルでレーンに侵入し、3人のセルティックス守備を越えてフック気味のシュートを沈めます。これが「ジュニア・スカイフック(ジュニア・ジュニア・スカイフック)」と呼ばれるプレーです。NBA公式は歴代ファイナルの名場面としてこのシュートを取り上げています。
スカイフックはもともとチームメイトのアブドゥル=ジャバーの代名詞でした。その持ち技を、ポイントガードが、敵地の最終盤で、宿敵相手に決めた。1点差という数字と、技の由来と、相手が誰かという3つが重なって、この1本は単なる決勝点以上の意味を持ちました。ジョンソンはこの年、3度目のファイナルMVPを獲得しています。
名場面④:1988年ファイナル第7戦 ― 連覇を「予告」して達成した
年:1988年6月21日
大会・ラウンド:NBAファイナル 第7戦(本拠地フォーラム/カリフォルニア州イングルウッド)
相手:デトロイト・ピストンズ
スコア:レイカーズ 108-105 ピストンズ(シリーズ4勝3敗で優勝)
両者の立場:前年王者レイカーズが連覇に王手をかけられずフルセットへ。ピストンズは初優勝を狙う新興勢力。
1987年の優勝直後、パット・ライリー・ヘッドコーチが翌年の連覇を公言したことは有名です。「言ってしまった以上、やるしかない」という状況を自ら作ったわけですが、実際の1988年ファイナルは第7戦までもつれました。
最終戦は108-105。3点差です。この試合でジェームズ・ウォージーがキャリア初のトリプルダブル(36得点16リバウンド10アシスト)を記録し、ファイナルMVPに選ばれました。バスケットボール・リファレンスのボックススコアでも、この数字は確認できます。NBA公式も1988年のファイナルを「ライリーの連覇宣言」の文脈で歴代の名場面に位置づけています。
1980年代のレイカーズは、これで5度目の優勝。1980・1982・1985・1987・1988年という並びになりました。そしてこの後、レイカーズには長い空白が訪れます。
比較のポイントを押さえる
記事で整理したポイントを踏まえて、比べやすい候補の一つを確認できます。
4. 空白の1990年代 ―「優勝ゼロ」という事実から目をそらさない
名門クラブの回顧記事は、どうしても勝った年ばかりを並べがちです。ですがバス家47年の年表を実際に見ると、1990年代のレイカーズには優勝が1度もありません。1988年の優勝から次の優勝(2000年)まで、12年空いています。
この12年は、単に成績が落ちていた期間というだけではありません。マジック・ジョンソンの引退、世代交代、そしてNBA全体がシカゴ・ブルズの時代に入っていったこと。「毎年勝てるオーナーだった」のではなく、「長い停滞を挟んで、二つの黄金期を作ったオーナーだった」と見るほうが、記録には忠実です。
この12年をどう乗り越えたのかが、次の章です。答えは非常にシンプルで、2人のスーパースターを同じロスターに置いたということでした。
5. シャック&コービー(2000〜2002年)―3年連続優勝という第2の黄金期
2000年から2002年にかけて、レイカーズは3年連続で優勝します。中心にいたのはシャキール・オニールとコービー・ブライアント、指揮官はフィル・ジャクソン。1980年代とはまったく違う形の強さでした。ショータイムが「走って崩す」チームだったのに対し、この時代のレイカーズはゴール下の圧倒的な支配力を軸にしていました。
3年間のファイナルの結果を、確認できた範囲で整理します。
名場面⑤:3年連続優勝(2000・2001・2002年)
2000年:NBAファイナル/相手=インディアナ・ペイサーズ/シリーズ4勝2敗(6試合)/ファイナルMVP=シャキール・オニール。レイカーズは1988年以来12年ぶりの優勝、ペイサーズは球団初優勝を狙う立場。
2001年:NBAファイナル/相手=フィラデルフィア・セブンティシクサーズ/シリーズ4勝1敗(5試合)/ファイナルMVP=シャキール・オニール。レイカーズは連覇を狙う王者、シクサーズは東カンファレンス王者。
2002年:NBAファイナル/相手=ニュージャージー・ネッツ/シリーズ4勝0敗(スイープ)/ファイナルMVP=シャキール・オニール。レイカーズは3連覇に王手、ネッツは球団初のファイナル進出。
3年連続でファイナルMVPが同一選手というのは、NBAの歴史のなかでも数えるほどしかない事象です。ただしこの3年を「シャックのチーム」とだけ表現するのは、記録としては片手落ちでもあります。同じ期間、コービー・ブライアントは20代前半でリーグ屈指の得点力を身につけていく途中でした。第3の黄金期はこの人が単独で作ります。
なお、この3年の各試合の詳細スコアや個々の試合展開については、本記事ではシリーズ結果のみを確認済みの事実として扱い、試合単位のスコアは記載していません。5点セットが試合単位でそろわないものは載せない、という本記事の方針によるものです。
6. コービー個人の2つの夜 ―81得点と、最後の60得点
優勝という結果とは別に、レイカーズの名場面を語るときに外せない「個人の夜」が2つあります。どちらもレギュラーシーズンの試合です。
名場面⑥:2006年1月22日 ― 81得点
年:2006年1月22日
大会・ラウンド:NBAレギュラーシーズン(レイカーズのホームゲーム)
相手:トロント・ラプターズ
スコア:レイカーズ 122-104 ラプターズ
両者の立場:オニール移籍後、コービー・ブライアントを軸に再建途上のレイカーズ。ラプターズも上位争いには絡んでいなかった、順位的な意味では大きくないカード。
ブライアントはこの試合で81得点を挙げました。出場42分、フィールドゴール46本中28本成功、3ポイント13本中7本成功。後半だけで55得点という内訳です。ESPNのボックススコアとNBA公式の回顧記事の双方で、これらの数字は確認できます。
この81得点は、記録された当時としてはNBA史上2番目に多い1試合個人得点でした(1位はウィルト・チェンバレンの100得点)。その後の記録更新の状況については、本記事では一次情報での確認を行っていないため、「現時点で歴代何位か」という書き方はしていません。
注目すべきは、これが優勝争いとは無関係の夜だったことです。プレーオフでもなければ、順位に直結する大一番でもない。それでも記憶に残っているという事実そのものが、「名場面」という言葉の幅を示しています。
名場面⑦:2016年4月13日 ― 引退試合の60得点
年:2016年4月13日
大会・ラウンド:NBAレギュラーシーズン最終戦(レイカーズのホームゲーム)
相手:ユタ・ジャズ
スコア:レイカーズ 101-96 ジャズ
両者の立場:レイカーズはプレーオフ圏外で、球団史上最悪クラスの成績でシーズンを終える状況。ブライアントにとってはNBA20年目の最終戦。
ブライアントは現役最後の試合で60得点を記録しました。ESPNの試合記事によれば、第4クォーターだけで23得点を挙げ、15点差をひっくり返して101-96で勝っています。2009年2月以来となる50得点超えでもありました。
ここでも「チーム状況は最悪だった」という前提が効いています。勝敗に意味がほとんどない試合で、20年のキャリアを1試合で回収してみせた。バス家の47年でいえば、これは黄金期のハイライトではなく、むしろ長い下り坂の途中で起きた出来事です。それでも名場面として残っている。
7. 2009・2010年 ―コービーの2連覇と、83-79という決勝戦
3連覇のあと、オニールが去り、レイカーズはもう一度低迷期を経験します。そこから復活して連覇したのが2009年と2010年です。
名場面⑧:2010年ファイナル第7戦 ― 決勝戦らしくない、泥臭い83-79
年:2010年6月17日
大会・ラウンド:NBAファイナル 第7戦(本拠地ロサンゼルス)
相手:ボストン・セルティックス
スコア:レイカーズ 83-79 セルティックス(シリーズ4勝3敗で優勝)
両者の立場:レイカーズは前年王者として連覇を狙う立場。セルティックスは2008年ファイナルでレイカーズを破っている側で、リベンジを受ける形。
両チーム合わせて162得点。現代のNBAファイナルとしては極端にロースコアな決勝戦でした。コービー・ブライアントは23得点を挙げましたが、フィールドゴールは24本中6本成功と、シュートは終始入っていません。それでもファイナルMVPに選ばれました。この試合でレイカーズは球団通算16回目の優勝を果たしています。
前年の2009年は、オーランド・マジックを相手にシリーズ4勝1敗で優勝し、ブライアントがファイナルMVPを獲得しています(CBSスポーツの一覧に基づく)。2009年・2010年の2連覇は、ジェリー・バス氏本人の在任中における最後の優勝でもありました。氏は2013年2月18日に亡くなっています。
8. 2020年 ―11個目のトロフィー。ただし「バス本人の在任中」ではない
ここが、この記事でいちばん誤解されやすいポイントです。バス家が関わった47年間の優勝は11回。しかしジェリー・バス氏本人の在任中は10回です。11回目にあたる2020年の優勝は、氏の死後、家族が経営を引き継いだ後に達成されたものです。
名場面⑨:2020年ファイナル第6戦 ― 無観客の「バブル」での戴冠
年:2020年10月11日
大会・ラウンド:NBAファイナル 第6戦(フロリダ州オーランドの隔離環境=通称「バブル」)
相手:マイアミ・ヒート
スコア:レイカーズ 106-93 ヒート(シリーズ4勝2敗で優勝)
両者の立場:レイカーズは2010年以来10年ぶりの優勝を狙う西カンファレンス王者。ヒートは東カンファレンス王者で、第5戦を取って第6戦に持ち込んだ側。
ワシントン・ポストなどの報道によれば、レブロン・ジェームズはこの試合で28得点14リバウンド10アシストのトリプルダブルを記録し、ファイナルMVPに選ばれました。アンソニー・デイビスは19得点15リバウンド。前半終了時点で64-36と大きくリードしており、最終スコア以上に一方的な内容だったと伝えられています。
この優勝は、球団通算17回目であり、バス家体制としては11回目にあたります。観客のいない特殊な環境での戴冠でしたが、記録としての価値は変わりません。他競技での「無観客期」の扱いに関心がある方は、ファン向けサッカーのハブやF1ファン向けハブでも同時期の各リーグの動きを扱っています。
9. 【編集部集計】バス家47年の優勝11回を分解する
ここまでの名場面を、いったん一覧に落とします。以下はCBSスポーツが掲載した「バス家体制下のレイカーズ優勝一覧」(年・対戦相手・ファイナルMVP)を土台に、SportsPulse編集部が「シリーズ結果」「オーナーシップ上の位置づけ」を突き合わせて再構成した表です。
集計方法・対象・除外条件(編集部)
・対象:1979年のジェリー・バス氏による買収以降、2026年9月2日までにレイカーズが獲得したNBA優勝(11回)。
・年・相手・ファイナルMVP:CBSスポーツ掲載の一覧に依拠。
・シリーズ結果:各年の公開記録で確認できたものだけを記載。確認できなかった項目は「未確認」と明記し、推測では埋めていません(今回は11回すべてでシリーズ結果を確認できたため、「未確認」の行はありません)。なお試合単位のスコアは、本文で個別に取り上げた6試合(1980年第6戦・1985年第6戦・1987年第4戦・1988年第7戦・2010年第7戦・2020年第6戦)以外は本記事では確認しておらず、表には含めていません。
・除外:WNBAロサンゼルス・スパークスの優勝(2001年・2002年)は、球団が異なるため本集計の11回には含めていません。カンファレンス優勝・ディビジョン優勝も含みません。
・注記:本表は公開情報の突き合わせであり、取材・調査・アンケートは行っていません。
| 年 | ファイナルの相手 | シリーズ結果 | ファイナルMVP | オーナーシップ上の位置づけ |
|---|---|---|---|---|
| 1980 | セブンティシクサーズ | 4勝2敗 | マジック・ジョンソン | ジェリー・バス在任中(1回目) |
| 1982 | セブンティシクサーズ | 4勝2敗 | マジック・ジョンソン | ジェリー・バス在任中(2回目) |
| 1985 | セルティックス | 4勝2敗 | カリーム・アブドゥル=ジャバー | ジェリー・バス在任中(3回目) |
| 1987 | セルティックス | 4勝2敗 | マジック・ジョンソン | ジェリー・バス在任中(4回目) |
| 1988 | ピストンズ | 4勝3敗 | ジェームズ・ウォージー | ジェリー・バス在任中(5回目) |
| 2000 | ペイサーズ | 4勝2敗 | シャキール・オニール | ジェリー・バス在任中(6回目) |
| 2001 | セブンティシクサーズ | 4勝1敗 | シャキール・オニール | ジェリー・バス在任中(7回目) |
| 2002 | ネッツ | 4勝0敗 | シャキール・オニール | ジェリー・バス在任中(8回目) |
| 2009 | マジック | 4勝1敗 | コービー・ブライアント | ジェリー・バス在任中(9回目) |
| 2010 | セルティックス | 4勝3敗 | コービー・ブライアント | ジェリー・バス在任中(10回目・本人在任中では最後) |
| 2020 | ヒート | 4勝2敗 | レブロン・ジェームズ | 本人の死後(2013年2月18日没)。家族継承後の1回目 |
この表を編集部で数えて見えた4点
(1) 年代別の偏りが極端。1980年代が5回、2000年代が4回(2000・2001・2002・2009)、2010年代が1回、2020年代が1回。1990年代はゼロです。11回のうち9回が、1980年代と2000年代という2つの塊に収まっています。
(2) ファイナルMVPは6人で11回。マジック・ジョンソン3回、シャキール・オニール3回、コービー・ブライアント2回、カリーム・アブドゥル=ジャバー1回、ジェームズ・ウォージー1回、レブロン・ジェームズ1回。上位3人だけで8回を占めています。「スター1人に長期間賭ける」という編成が、そのまま結果に出た形です。
(3) 相手はセブンティシクサーズとセルティックスに集中。シクサーズが3回(1980・1982・2001)、セルティックスが3回(1985・1987・2010)。11回のうち6回、対戦相手はこの2球団のどちらかです。残りはピストンズ・ペイサーズ・ネッツ・マジック・ヒートが各1回。
(4) 優勝の「間隔」が2度、長く空いている。1988年から2000年まで12年、2010年から2020年まで10年。合計22年は優勝から遠ざかっていた計算になります。47年のうち、およそ半分弱がこの2つの空白期です。
10. 比較表:ジェリー・バス在任期と、その後
名場面を並べると、どうしても「ずっと強かった」印象になります。ですが数字で並べると、まったく違う景色が見えます。以下はCBSスポーツが掲載したレギュラーシーズン通算成績を、編集部で比較の形に整理したものです(同記事掲載時点の数字)。
| 期間 | レギュラーシーズン通算 | 勝率の目安 | 優勝回数 |
|---|---|---|---|
| 1979-80〜2012-13 (ジェリー・バス在任期) |
1,749勝991敗 | 約64% | 10回 |
| 2013-14〜(家族継承後) | 483勝562敗 | 約46% | 1回(2020年) |
同記事は、2013年から2019年にかけての6年連続プレーオフ進出なしが球団史上最長である、とも指摘しています。つまりバス家の47年は、「ジェリー・バスの34年」と「その後の13年」で、まったく性質の違う2つの時代に分かれるということです。名場面11個のうち10個までが前半に集中しているのも、この構造の裏返しです。
11. 2026年のレイカーズ ―確認できることだけを書く
最後に、いまのレイカーズについて、確認できた事実だけを短く並べます。確認できていないことは書きません。
レブロン・ジェームズはレイカーズを離れました。CBSスポーツによれば、ジェームズはこのオフにフィラデルフィア・セブンティシクサーズとミニマム契約で合意しています。ここは誤解が多いところなので明記しますが、これはトレードではなく、フリーエージェントとしての移籍です。なお契約の細目(総額・オプション条項など)については、本記事では一次情報での確認を行っていないため、金額は記載していません。
八村塁選手もレイカーズの選手ではありません。NHKの報道によれば、八村選手は2026年にレイカーズからフリーエージェントとなり、ロサンゼルス・クリッパーズと契約しました。同じロサンゼルスのクラブですが、レイカーズではありません。日本のバスケットボール関連の記事はファン向けバスケットボールのハブで継続的に扱っています。
2025-26シーズンのNBAファイナルに、レイカーズは進出していません。また、2026-27シーズンに向けたCBSスポーツの見立てでは、レイカーズは西カンファレンスにおいてオクラホマシティ・サンダーやサンアントニオ・スパーズより少なくとも一段下と広く見られている、とされています。ルカ・ドンチッチ選手が契約延長した一方で、2028年夏にフリーエージェントになりうる、という論点も同記事は挙げています。
つまり2026年9月時点のレイカーズは、オーナーシップの帰趨も、チームの立ち位置も、まだ動いている最中です。だからこそ、この記事はコートの上に確定した記録のほうを主役にしました。株式は動きますが、1980年5月16日の123-107は動きません。
12. よくある質問(FAQ)
Q1. 結局、バス家はレイカーズを売ったのですか?
A. 「過半数株式はすでに手放している」が「残りの17.8%は決着していない」というのが2026年9月2日時点の状況です。過半数株式は2025年にバス家からマーク・ウォルター氏へ移り、2026年8月にはウォルター氏からボブ・アイガー氏・ジョシュ・クシュナー氏の陣営へ売却されたと報じられています。一方、バス家に残る17.8%については、ジニー・バス氏が信託の条項と2017年の裁判所命令を根拠に反対しており、法的な決着はついていません。「バス家がレイカーズを手放した」と完了形で語るのは、現時点では正確ではありません。
Q2. なぜ17.8%という数字がそんなに重要なのですか?
A. CBSスポーツの説明によれば、NBAの規定でガバナー(統括オーナー)であり続けるには最低15%の保有が必要だからです。17.8%を売却すれば15%を割り込むため、ジニー・バス氏はガバナーの座を維持できなくなります。ガバナーはバスケットボール運営の責任者人事を含む重要決定の最終権限を持つ立場とされており、数字の問題ではなく、球団運営の主導権の問題だということです。
Q3. 「ジェリー・バス在任中10回」と「バス家11回」はどちらが正しいのですか?
A. どちらも正しく、指しているものが違います。ジェリー・バス氏本人が1979年の買収から2013年2月の死去まで在任した期間の優勝は10回。その後、家族が引き継いだ体制での2020年の優勝を加えると、バス家全体では11回になります。ネイスミス殿堂の公式プロフィールなど、バス氏個人の実績として書かれている文脈では10回。「バス家47年」として語られる文脈では11回。記事や投稿でこの2つを混ぜると誤りになるので、本記事では毎回どちらの数え方かを明示しています。
Q4. 「ショータイム」とは具体的にいつの、どんなチームのことですか?
A. 一般には1980年代のレイカーズを指す呼び名です。マジック・ジョンソンとカリーム・アブドゥル=ジャバーを軸に、速攻中心の攻撃的なバスケットボールとエンターテインメント性の高い演出を組み合わせたスタイルが特徴でした。ネイスミス殿堂の公式プロフィールによれば、レイカーズは1980年代にNBAファイナルへ8回進出し5度優勝しています。指揮官はパット・ライリー氏(1987年・1988年の連覇時)が代表的です。
Q5. レブロン・ジェームズはレイカーズからトレードされたのですか?
A. いいえ、トレードではありません。CBSスポーツによれば、ジェームズはこのオフにフリーエージェントとしてフィラデルフィア・セブンティシクサーズとミニマム契約で合意しました。トレードは球団間で選手や指名権をやり取りする取引であり、フリーエージェント契約とは仕組みがまったく違います。SNSなどで「トレードで移籍」と書かれているものを見かけますが、これは誤りです。
Q6. 金額が全部ドル表記なのはなぜですか?
A. 円換算に使う為替レートとその基準日を、一次情報として確認できなかったためです。1979年の6,750万ドル、2025年の100億ドル、2026年の125億ドルは、それぞれ時点が大きく異なります。基準日を明示しない換算は誤解を生むため、本記事ではドル建てのまま記載しています。
まとめ
1979年、一人の男が6,750万ドルでバスケットボールチームとアイスホッケーチームとアリーナと牧場をまとめて買いました。その1年目にチームは優勝し、そこから47年が経ちました。優勝11回。ファイナルMVPは6人。ただし1990年代はゼロで、2つの長い空白期がありました。
2026年のいま、その47年がどう終わるのかは、まだ確定していません。信託があり、共同受託者がいて、2017年の裁判所命令があり、5人の兄弟姉妹と1人のガバナーの意見が割れています。ニュースとしては、これから何度も更新されるでしょう。
ですが、1980年5月16日にルーキーがセンターで先発して42得点したことも、1985年6月9日にボストン・ガーデンで111-100と勝ったことも、1987年6月9日に1点差でフックシュートが落ちたことも、2010年6月17日の83-79も、2020年10月11日の106-93も、もう誰の署名でも動きません。オーナーが誰であっても、名場面はファンの側に残ります。この記事が、その確認になれば幸いです。
関連する記事は、NBAファン向けハブとファン向けバスケットボールのハブにまとめています。
出典
・Naismith Memorial Basketball Hall of Fame(バスケットボール殿堂公式)「Jerry Buss」
https://www.hoophall.com/hall-of-famers/jerry-buss (2026年9月2日確認/1979年の買収・2010年殿堂入り・1980年代のファイナル8回進出5度優勝・生没年・NBA理事会議長2期・スパークス2度優勝の裏取りに使用)
・Los Angeles Lakers(球団公式)「Mark Walter Acquires Majority Stake in Lakers」
https://lakers.com/news/mark-walter-acquires-majority-stake-in-lakers (2026年9月2日確認/2025年の過半数株式移転の裏取りに使用)
・CBS Sports「Jeanie Buss disputes her family’s sale of Lakers stake: What to know about dramatic off-court fight」(2026年8月18日)
https://www.cbssports.com/nba/news/buss-family-sells-lakers-stake-ending-era/ (2026年9月2日確認/17.8%・共同受託者・15%規定・優勝一覧・通算成績・レブロンのシクサーズ入りの裏取りに使用)
・ESPN「Sources: Jeanie out as Buss family sells last stake in Lakers」
https://www.espn.com/nba/story/_/id/49641147/sources-buss-family-selling-remaining-stake-lakers (2026年9月2日確認/残り持ち分売却の第一報。本記事執筆時、本文の取得はできず見出しと二次引用に基づく)
・ESPN「Jeanie Buss contesting family’s vote to sell stake in Lakers」
https://www.espn.com/nba/story/_/id/49642917/jeanie-buss-contesting-family-vote-sell-stake-lakers (2026年9月2日確認)
・CNBC「Lakers governor Jeanie Buss says siblings cannot sell family’s stake to Bob Iger, Joshua Kushner」(2026年8月17日)
https://www.cnbc.com/2026/08/17/jeanie-buss-opposes-sale-family-stake.html (2026年9月2日確認)
・CNBC「Bob Iger, Joshua Kushner buy Los Angeles Lakers from Mark Walter」(2026年8月12日)
https://www.cnbc.com/2026/08/12/bob-iger-joshua-kushner-buy-los-angeles-lakers-from-mark-walter.html (2026年9月2日確認)
・Sportico「Jeanie Buss Opposition to Lakers Sale Could Spiral into Litigation」(2026年)
https://www.sportico.com/law/analysis/2026/lakers-sale-jeanie-buss-potential-lawsuit-1234942270/ (2026年9月2日確認/訴訟に発展しうるという分析の出所)
・NBA.com(リーグ公式)「Top Moments: Kobe Bryant drops 81 points on Raptors in 2006」
https://www.nba.com/news/history-top-moments-kobe-bryant-81-points-2006 (2026年9月2日確認)
・NBA.com(リーグ公式)「Finals Moments: Magic Johnson’s junior sky hook」
https://www.nba.com/news/history-finals-moments-magic-johnsons-junior-sky-hook (2026年9月2日確認)
・NBA.com(リーグ公式)「1988 Finals: Lakers, Riley repeat」
https://www.nba.com/history/top-moments/1988-finals-lakers-riley-repeat (2026年9月2日確認)
・Basketball-Reference「1980 NBA Finals Game 6: Lakers vs 76ers, May 16, 1980」
https://www.basketball-reference.com/boxscores/198005160PHI.html (2026年9月2日確認)
・Basketball-Reference「1985 NBA Finals Game 6: Lakers vs Celtics, June 9, 1985」
https://www.basketball-reference.com/boxscores/198506090BOS.html (2026年9月2日確認)
・Basketball-Reference「1988 NBA Finals Game 7: Pistons vs Lakers, June 21, 1988」
https://www.basketball-reference.com/boxscores/198806210LAL.html (2026年9月2日確認)
・Basketball-Reference「2010 NBA Finals Game 7: Celtics vs Lakers, June 17, 2010」
https://www.basketball-reference.com/boxscores/201006170LAL.html (2026年9月2日確認)
・ESPN「Lakers 122-104 Raptors (Jan 22, 2006) Box Score」
https://www.espn.com/nba/boxscore/_/gameId/260122013 (2026年9月2日確認)
・ESPN「Lakers 101-96 Jazz (Apr 13, 2016) Game Recap」
https://www.espn.com/nba/recap?gameId=400829115 (2026年9月2日確認)
・ESPN「Lakers 83-79 Celtics (Jun 17, 2010) Final Score」
https://www.espn.com/nba/game/_/gameId/300617013/celtics-lakers (2026年9月2日確認)
・The Washington Post「Lakers, LeBron James win NBA championship with dominant performance in Game 6」(2020年10月11日)
https://www.washingtonpost.com/sports/2020/10/11/lakers-heats-nba-finals-game-xxx/ (2026年9月2日確認)
・ESPN「1980 NBA Finals, Game 6: Magic jumps center」(LA Lakers Blog)
https://www.espn.com/blog/los-angeles/lakers/post/_/id/6796/1980-nba-finals-game-6-magic-jumps-center-we-want-your-memories (2026年9月2日確認)
・NHK NEWS WEB「NBA八村塁 クリッパーズと契約 レイカーズからFA」
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015170491000 (2026年9月2日確認)
※本記事は公開情報をもとにSportsPulse編集部が整理したものです。取材・調査・アンケートは行っていません。金額はすべてドル建てで記載し、円換算は実施していません(為替レートと基準日の一次確認ができなかったため)。オーナーシップの帰趨は2026年9月2日時点で未確定であり、断定を避けています。
執筆: SportsPulse 編集部
本記事は公開情報をもとにSportsPulse編集部がレビュー・整理したものです。
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最終更新日: 2026年9月3日 | 編集方針
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📅 更新履歴
| 日付 | 変更内容 |
|---|---|
| 2026年9月3日 | 初回公開 |
✅ ファクト再検証
最終検証日:2026年9月3日
SportsPulse 編集部が公開情報をもとに内容を確認しています。情報は確認時点のものです。最新情報は各公式サイトをご確認ください。
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